●更新日 08/27●
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『つける薬はない』精神科医ヤブ





小学生の娘2人が見ている前で、何度となく「死ぬ!」と言っては、包丁を自分に向けたり、大量に薬を飲んだりしている35歳のバツイチ女性Fさん。診断は境界性人格障害。

境界性人格障害では、慢性的な空虚感があり、自傷行為などの衝動的行動が多く、また白か黒かの二極思考が目立つ。二極思考とは、例えば対人関係では「理想化とこき下ろし」と言われ、友人や恋人を理想の人と評価したすぐ後に、些細なことで手のひらを返したように最低な人間だとこき下ろすのだ。

Fさんの生活は荒んでいて、24歳で結婚するまでに、片手では足りない数の中絶をしている。結婚後も含めれば、恐らく両手でも足りない。11歳の長女が家事を全てこなしている。また、Fさんが過量服薬やリストカットなどをした時もこの子が救急車を呼ぶ。

Fさんは生活保護にも関わらず隠れて車を所持し、ネットでの買い物に依存して数十万円の商品をローンで購入する。当然、生活費が底をつく。そこで両親に借金を申し込んだが、あっさりと断られた。そのことについて彼女は診察室で、

「それでも親かと愕然としました」

と真顔で罵った。

ある時には、遺書を書き、包丁を取り出し、独り台所に横たわり、なぜかケースワーカーに電話をかけた。

「今から死にます、包丁を持って横になっています」

と。これを無視できるケースワーカーはいない。当然かけつけて話を聞いて、精神科に連れてきて、という流れになる。

彼女の育児はほぼ「ネグレクト」であり、死ぬと言って包丁を取り出す行為は子どもに対する心理的虐待でもある。ところが、この母親は絶対に子どもを手放したがらないのだ。子どもへの愛情? いや、そういうものではない。彼女は元夫に未練たらたらで、子どもたちがいることで元夫と少しでもつながっていられる、という気持ちがあるからのようだ。

そんなFさんの気持ちを知ってか知らずか、長女はFさんの診察が終わると、医師や看護師、受付に対して、

「ありがとうございました」

と小さな体をぺこりと折り曲げて挨拶する。

写真

こちらとしてはもちろん児童相談所にも相談したが、こういうケースでは、

「親の同意がないと子どもたちの保護はできない」

との回答であった。


残念ながら、このFさんのような人につける薬はない。彼女の未熟な心が、時の流れの中で成長するのを待つしかない。心配なのは、しっかり者に見える長女だ。こういう養育環境で成長して、いずれ何かのきっかけでFさんのようになってしまうのかもしれない。いや、そう考えると、もしかするとFさん自身が、25年前にはこの長女のようなしっかり者だったのかもしれない。

こういうことは精神科では珍しくないが、哀しい連鎖が続かないことを祈りつつ、ただ見守ることしかできない。もどかしいけれど、これが医療の限界だ。



ヤブ ヤブ


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