●更新日 05/28●


探偵の悲しい恋事情(後編)


沖縄から帰った私は若干日焼けをしていた。



彼女はその姿を見て驚いた表情を見せた。しかし沖縄に行ったとは口が裂けても言えない。明日から初めての泊まりでの旅行が待っている。旅行先は2人が行ったことのない場所ということで沖縄に決めたのに昨日まで仕事で行ってきたなど言えるはずはなかった。

日焼けをした理由を適当にごまかすと彼女は疑うことなく沖縄の情報雑誌を眺めながら海を連想させる歌を口ずさんでいた。
大丈夫、このまま黙っていればバレることはない。旅行前に彼女を落胆させる必要はない、彼女を悲しませない為の嘘は必要だと思っていた。

そんなことを思っていた時だった。それまで心地良いテンポで私の耳に入ってきた鼻歌が止んだのだった。私が顔を向けると彼女は一枚の小さな紙をじっと見つめていた。

「どうしたの?」

私が聞くと、彼女はか細い声で呟いた。

「沖縄行ったの?」

私はその瞬間、彼女が手にしていた紙の正体を理解した。それは沖縄に行った時のチケットの半券だった。何故そんなものがそこにあったのか、それを考える余裕はなかった。



それからしばらく私は思いつく限りの言い訳を並べたが、彼女が納得することはなかった。

そして彼女の機嫌がおさまることなく出発した沖縄旅行は最悪のものとなった。旅行期間中の彼女は笑顔を見せることなくプラン通りに淡々と時間を消化しているだけであった。あれほど夢中で考え、楽しみにしていたプランはもはや虚しいだけになってしまっていた。

沖縄から帰ってからも彼女の機嫌が良くなることは一向になかった。このままでは別れてしまうかもしれない、そんな危機さえも感じた私はどうにか彼女の機嫌を良くする方法を考えていた。

そして思いついたのは東京ディズニーシー(以下、TDS)に行くことだった。そこは沖縄と同様に彼女がまだ行ったことがないから行きたいと言っていた場所だった。
それを提案した時の彼女は素っ気無く頷いただけだったが、デートの日が近づくにつれ段々と笑顔を見せる回数が増えていった。これで大丈夫、私はそう思っていた。

しかし再び悲劇はやってきた。
TDSに行く前日の浮気調査でターゲットが向かった先は、まさにそこだった。



ターゲットと浮気相手が園内ではしゃぐ様子を撮影する私の手は震えていた。何故このタイミングでここに行くんだ、怒りの矛先は目の前のターゲットに向けられていた。しかしその怒りが良い方向に作用したのか、その日の調査は完璧なものとなった。

あとは沖縄の時のようなヘマをしなければ良い。チケットの類は全て事務所に置き、私は帰宅した。TDSに行ったことがバレる要素は一つもなかった。

そしてデート前日の夜、まさに眠りに落ちそうな瞬間、携帯電話が鳴った。私は着信画面を見て仕事の電話であることを確認し、携帯電話を置いた。これ以上彼女との仲を引き裂く要素を入れるわけにはいかなかった。

「大丈夫なの?」

隣で寝ていた彼女は私の様子を見てそう聞いてきた。どうせ大したことない電話だよ、私はそう答え電話が切れるのを待った。着信から留守番電話に切り替わるとメッセージのアナウンスが流れ始めた。真夜中に響くその聞きなれたアナウンスは何か悪い出来事の前兆のような気がした。
そしてその予感は的中した。

「もしもし、○○です。今日行った東京ディズニーシーの調査の件なんですけど・・・」

後輩の調査員の声は部屋中に響き渡った。私は慌てて携帯電話を取り、通話に切り替えた。その内容は真夜中にわざわざかけてくる ほどたいそうな内容ではなかった。
しかしそれ以上に大きな意味を持っていたことは言うまでもない。電話を切った私はゆっくりと振り返った。顔を見なくても彼女の耳に後輩のメッセージが聞こえていたことは明らかだった。

彼女は私の制止を無視し着替えると、荷物を持ち玄関に向かった。そして玄関で靴を履くと今にもこぼれ落ちそうな大粒の涙を溜めて私を見た。

「なんで私と一緒に行こうとするところばっかり仕事で行くの。探偵なんてやめてよ!!」



彼女が出て行ってからもしばらくその言葉が私の頭の中に鳴り響いていた。結局それが私が聞いた彼女の最後の言葉となった。

探偵はターゲットを尾行し、様々な場所に行くことが出来る。
国内外問わず、今まで足を踏み入れたことが無かった場所へ行くことが出来るのは探偵の特権の一つでもある。
しかし、その特権も場合によっては自身を苦しめることになる。



探偵コフジ



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