●更新日 09/11●


女探偵の勝負服 (後編)


私は着信画面と男性の顔を見比べ、携帯電話の通話ボタンを押しました。

「生きてるか〜」

聞き慣れた低い声の主はそう言った後、フッと笑い調査車両から目をそらしました。調査車両とは無関係であることを装っているのでしょう。



「ちゃんと張り込んでますよ。今のところ出入りした人物は一人だけです。冷やかしに来たんですか、先輩」

私がそう返すと、先輩はオッケーと気の抜けた声で返事をして続けました。

「俺の現場は終わったから交代してやるよ。さすがにこの暑さはきついだろう」

その言葉を聞いた瞬間の喜びと言ったらありませんでした。

(ついに天の助けが来たんですね)



私はすぐに「ハイ!」と返事をしてしまいそうになりましたが、声を発する前に調査前の自分の発言を思い返しました。

(この現場なら一人でも楽勝ですよ。任せてください!)

はい、確かにそう言いました。同期の男性調査員が同行すると言った時もきっぱりと断りました。あの時点では簡単だと思ってしまったんです が、今は後悔しかありません。ただ今更弱気な発言をするわけにはいきませんでした。

「大丈夫です。あとちょっとなんで」

そう言って時計を見ると調査終了までは4時間ありました。普通の張り込み場所であれば4時間程度はなんて事はありません。ただし、サウナと化した車内での張り込みからは1分でも早く開放されたいというのが正直なところでした。下着姿でいるのことも気が気ではなかったのです。

「まあそう言うと思ったよ。差し入れ持って来たからこれで凌げよ」

そう言って先輩は右手に持っていたビニール袋を私に見せるように持ち上げました。きっと火照った身体を冷やしてくれものが入っているんだと思います。私は直ぐにでもドアを開け、その袋を受け取りたかったのですが、下着姿では出て行けるわけがありませんでした。

そんな心境を知るわけもなく先輩は早くするように催促してきました。車内の暑さの中で差し入れのビニール袋を見せられた私はそれ以上考える余裕はありませんでした。私は下着姿が見られないよう慎重な受け渡し方法を考え、それを行動に移しました。


「チョー気持ち良い〜!」




ビニール袋を受け取った瞬間のひんやりとした手触りは天にも昇ってしまいそうなほど気持ちの良いものでした。受け渡す瞬間は下着姿が見られるんじゃないかと違う意味でヒヤヒヤしましたが、差し入れのペットボトルはそんなことなど忘れさせてくれるほど冷えていました。


(先輩ありがとう…)


心からそう思っている時でした。


「近くで待機してるから辛くなったら連絡しろよ。それとさ、車にスモークはってあるからって油断してるとそのハレンチな姿見られるぞ」





「なんですとっ!?」


私の耳にはツーツーと電話の切れた音が虚しく流れていました。
その言葉の意味はきっとそういうことなんですよね。ただ電話を掛け直し、真意を確かめる勇気はありませんでした。遠ざかっていく先輩の後姿を見つめることも出来ず、私は対象者の自宅玄関に視線を向けました。

その直後でした。私の携帯電話がメールを受信したのです。

たった一言のメールでした。





名古屋の探偵マリ



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