●更新日 04/29●


ターゲットに恋した話(後編)


「夫の愛人を調査してください」
その一言から始まった1ヶ月間の調査だったが、私は担当を外れることになった。その私を待っていたのは二週間分の調査報告書の作成だった。

昨日の一件があり今後の調査を慎重に行うため人員が増員されることになり、調査を引き継いだのは2人の後輩だった。私には調査を継続できる自信があったが、その考えを上司に理解させる根拠は見つからなかった。しかし釈然としない気持ちが残ったのは確かだった。

私がパソコンに向かい報告書を作成していると後輩たちは足早に現場に向かった。先輩の失敗の尻拭い、そんなことを考えていたのかもしれなかった。

私は終日報告書の作成を続けた。二週間分の報告書はさすがに一日では終わらなかった。
夜の9時30分を過ぎた時だった。事務所のドアが開き後輩たちが調査を終えて戻ってきた。私は労いの言葉をかけた後、上司と共に報告を聞いた。

ターゲットは仕事が終わった後、いくつかのデパートで洋服などを見て回ったが、購入品はなかったという。時間潰しをしているようだったと後輩の1人が感想を述べた。自宅最寄り駅に移動するまで警戒している様子は全くなかったということだった。



そしていつものスーパーに立ち寄った。時間は閉店10分前。ここからターゲットの様子に変化が見られたという。
スーパーに入るなり明らかに誰かを探している様子で、商品には目もくれず店内を歩き回った後、店を出た。そして店前に設置されたベンチに腰掛け、駅方向からの人の流れを観察している様子だった。そして店が閉店になると同時に腰を上げ、そのまま真っ直ぐ帰宅したというのがこの日の調査報告の全てだった。
誰もがスーパーでの行動に対して同じ意見を持っていた。

そう、私を探していたのだ。

警戒行動ではない、現場を担当した2人から同じ意見が出た。

しかし、それから残りの調査期間が終了するまで私が担当に戻ることはなかった。私の後を引き継いだ2人が残りの調査期間を担当したのだった。そしてターゲットはほぼ毎日のように閉店間際のスーパーに通い、店内を歩き回っていたということだった。
一ヶ月の調査期間で依頼者が欲していた情報は全て手に入ったが、依頼者の夫以外の恋人が現われることはなかった。




それから半年が過ぎたある日。
私がその日担当していた案件のターゲットがあの時のスーパーに立ち寄ったのだった。時間は閉店10分前、店内に入る前から私の中に期待感があったことは確かだった。

また会えるかもしれない。

あの日からずっと心に引っ掛かって取れなかったものが今日取り除けるかもしれない。そんなことを思いながら店内を歩き回った。
もちろん目の前のターゲットは見落とすことは出来ない。それでもどこか集中出来ない自分がいた。

しかし彼女の姿を見つけることは出来なかった。女性の後姿にハッとすることが何度かあったが、年齢も背格好も全くの別人ばかりであった。

そんな都合の良い話はない、そう思いながらターゲットを追って店を後にした。ターゲットは車に乗り込むとエンジンを始動した。私も出遅れないようバイクにまたがり、ヘルメットをかぶった。

その時だった。

バイクのミラー越しにゆっくりと歩いてくる女性の姿が目に入った。
半年前、夜風になびいていた印象的な長い髪はバッサリと切られショートカットに変わっていたが、間違いなく彼女だった。



ミラーの中に映る彼女の姿が段々と大きくなるにしたがって、私の胸も高まっていった。
私が振り向こうとしたとき、目の前のターゲット車両が勢い良く発進した。私は反射的にバイクのエンジンをかけ、 心の奥に溜まっていた想いを吐き出すように息を吐いた。
ヘルメット越しの視界が真っ白になったが、聞き覚えのある足音から彼女との距離がほんの数メートルに近づいていたことを理解した。





彼女の気配を真横に感じたとき、視界が晴れた。
ターゲット車両のテールランプが目に入り、スロットルを握る右手に力を込めた。



探偵エス



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