●更新日 04/26●


ターゲットに恋した話(中編)


「いつもこの時間ですよね」

ターゲットを背にし、買い物客を装いながら監視している時だった。

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その声の持ち主が誰なのか振り返らずとも分かっていた。ただ実際に見るまでは信じたくないという気持ちがあった。そんな気持ちのままゆっくりと振り返るとにっこりと笑うターゲットの姿が 目に入った。

その瞬間、頭を駆け巡ったのは現状の打開策ではなかった。
ヤバイ、バレた、どうする・・・そんなことばかりが頭を支配する中で私は言葉を発した。

「この時間は人が少なくて良いですよね。品数も少ないですけど」

自分でも意外だったその軽口は平常心を取り戻す切っ掛けになった。そしてその言葉にターゲットは再びにっこりと微笑んだ。

「私もいつもこの時間なんです」

その笑顔と言葉は私の頭を更に冷静にした。
尾行しているのがばれ、こちらの出方を窺っているのだろうか。様々な考えが浮かぶも適当な答えは見つからなかった。とにかく今の状況を打開するしかないと考え、言葉が出た。

「この辺りに住んでるんですか」

白々しくならないように言葉を選んだつもりだったが、ターゲットがどう解釈したのかは分からない。ただ、その言葉をきっかけに私とターゲットは他愛もない話を始めた。ターゲットの思惑が分からない以上、卒のない受け答えをする他なかった。
惣菜コーナーを前にしたやり取りは3分ほどだっただろうか 。実際の時間以上に長く感じられたがターゲットの表情からは尾行者を意識し会話している様子は全く感じられなかった。
それどころか、

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まるで目の前の人物に恋をしているかのようだった。

私の中にもう少し彼女と話していたいという気持ちが芽生えていたことは確かだった。しかしその気持ちを振り払い買い物を再開し、買う必要のない惣菜を何点かかごに入れ、レジに向かった。
先に会計を終えたターゲットは購入した商品をレジ袋に入れながら横目で私の様子を窺っているかのようであった。レジ袋にゆっくりと商品を入れる その行動は私の動きに合わせているようにも感じられた。
それは予想通り私が店を出るタイミングを見計らっていたのだった。ターゲットと揃って店を出たが、立ち話が再開するのを恐れ、私は別れの挨拶を切り出した。ターゲットは名残惜しそうな表情で頭を下げ、

「また今度」

と微笑み、いつもの帰り道を歩いていった。その歩く姿はこれまでと何ら変わりはなった。歩幅、歩調、慎重にヒールで歩くその足音、全てがこれまで通りだったが、ターゲットを見つめる私の表情だけはいつもと違って穏やかだった。

ターゲットの姿が見えなくなると私はハッとし夜道を駆け出していた。

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ターゲットが帰宅する姿を撮影しなくてはいけなかったのだ。近道を使えばターゲットよりも先に自宅に到着できることはここ何日かの調査で分かっていた。
私がターゲットの自宅を見渡せる路地に着いたとき、ターゲットが自宅マンションに入る直前であった。
警戒している様子など全くない。いつもの手順でオートロックを開錠し、ポストを確認するとマンションの中に消えていった。
帰宅の様子を撮影しながらスーパーでのやり取りを思い出していた。ターゲットは何故話しかけてきたのだろうか。そこにどんな思惑や理由があったのだろうか。それを明確に判断することは出来なかったが、まだ調査は続けられる、その確信だけはあった。

事務所に戻った私は上司に今日の結果を報告した。
「ターゲットの考えは今のところ不明ですが、調査は継続できそうです」
私の報告に上司は2、3度頷き、呟いた。

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明日からこの調査の担当を外れろ、その言葉の意味は理解できた。



つづく



探偵エス



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