●更新日 12/30●


都市伝説・携帯電話の彼女


Tさんが彼女と出会ったのは携帯電話のメールがきっかけであった。ある日突然、彼のメアド宛にメールが送られてきたのである。
「はじめまして、わたし、今、とても寂しいところにいるの、お友達になって…」

こんな内容の文面であったという。少々、薄気味悪く思ったものの、Tさんは彼女とメールを交換するようになった。大した会話ではなかったが、彼女とのメール交換はTさんにとって一服の清涼剤となった。
「わたしは、いつも母や父に無視されるの…、話しかけても返事をしてくれないし、ご飯だって出してくれない…」
「酷い話だね。俺に何でも言いなよ」

彼女は両親とうまくいってなかった。彼女は一時期ぐれて、両親に反抗したり、無免許で暴走した時期があり、それ以来、両親とは不仲であった。勿論、会話も無く、食卓に彼女のお茶碗がのぼる事もなかった。たまに両親が彼女に話しかけるのは、彼女の非行に対する恨み節ぐらいであった。
「わたしは、この家にとって 不要な存在なんだ」

彼女はよくメールでそう嘆いていた。Tさんはそんな彼女のことを思うと胸がはち切れそうになった。
(どうにかして、彼女を幸せにしてやりたい)

不幸な彼女を早く実家から救い出したいと心に決めたTさんはフリーター生活に区切りをつけ友人の紹介で、ある会社で働きはじめた。
(ようし、早く彼女と婚約して、幸せにしてやる)

まだ逢った事もない彼女の事を想いながら、Tさんの夢と希望は次第に大きくなっていった。ある日の朝、いつもとは違った文面のメールが送られてきた。
「ねえ、今日は父さんも、母さんも上機嫌なの、朝からね。沢山のお菓子や果物、お寿司とか、もの凄いご馳走を、私にふるまってくれたの…、いいでしょう。今夜両親に会わせるから、遊びにこない?」

という内容であったのだ。Tさんは狂喜乱舞した。
(よかった、ようやく両親と和解できたのか、今夜こそ彼氏として挨拶しとくか?)

その夜、正装したTさんは彼女の知らせてきた住所まで挨拶にいった。もの凄い豪邸がそこにあった。
(すっ、スゲエ、あいつ金持ちだったんだ)

少し固くなりながら、Tさんは玄関の呼び鈴を押した。
「どなたですか?」
「はじめまして ○○子さんの友人のTと申します」
「ああっそうですか、今お開けします」

くぐもった彼女の母親の声がマイク越しに聞こえた。出てきた母親は上品で、愛想の良い女性であった。
(お母さんがこんなに美人なら、彼女はどんなに綺麗なんだろうか)

不埒な事を考えながら、Tさんは居間に通された。
「あの子の友達が来てくれるなんてうれしいわ」

お茶を出しながら、母親は嬉しそうにつぶやいた。
(このお母さんが彼女をいじめていたとは思えないが…)
「あのぅ ○○子は…」

おずおずとTさんが切り出すと、母親は目を細めて言った。
「そうね、あの子が死んではや一年」

この言葉に愕然となるTさん。
「死んだって!!」

母親は構わず続けた。
「もう陰膳を供えるのもやめてしまったけど、あの子の事は忘れないわ…、怖い話だけど時々あの子の声が聞こえるの…」

驚愕するTさん、隣室の和室には大きな仏壇があり、女の子の遺影がある。
「まっ、まさかぁ」

Tさんはごくりと生唾を呑み込んだ。仏壇の前には果物やお菓子、お寿司など多くの食べ物が供えられている。
「無免許、運転なんてやめとけばよかったのに」

泣き崩れる母親。Tさんには心なしか彼女の遺影が微笑んでいるかのように見えた。


山口敏太郎



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