●更新日 07/20●
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『侵入者あり2』  〜精神科医ヤブ





前回のつづき



「弥生さん、デジカメは持ってます?」

「いえ、普段はスマホで撮るんで」

「それじゃね、弥生さん、今日は帰りにデジカメを買ってもらいましょう。今は2万円もせずに良いのが買えますから」

弥生さんも両親も、きょとんとした顔をしている。

「安いデジカメでも動画が撮れますから。それに容量の大きいメモリーカードを入れて」

「あっ、動画が証拠になりますね!」

弥生さんは、ようやく明るい笑顔を見せた。



本人と両親に、現段階では診断は保留で、人が入ってくる証拠が出ないのに不安が続くようなら薬を飲んでみましょうと提案した。弥生さんもこれには同意してくれた。私が最初から妄想だと決めつけていたら、きっとこうはいかなかっただろう。両親はちょっとだけ不満・不安げだったが、2週間後の外来を予約してひとまず帰宅してもらうことにした。



弥生さんの母親から緊張した様子で電話がかかってきたのは、それから1週間後の午後3時過ぎだった。外来の時間は終わっていたが、とにかく病院で話をしたいと言うので来てもらうことにした。診察室にやってきた母親は、真っ赤な顔で一気にまくしたてた。興奮して語る母親の内容は少々分かりにくかったが、要約するとこういう感じだ。



前回の受診後、弥生さんたちは実際にデジカメを買った。それを初日は玄関に、次の日はリビングにと交互に仕込んだが何も映らなかった。何日かそうやってみて、弥生さんもストーカーなんていないのだと半分納得しかけていたが、試しに洗面所にカメラを隠してみたら……。

「映ったんですよ! それで……、それでですね……、先生」

彼女はハンカチを取り出して口元を押さえた。



「歯を磨いてたんです、その男が、娘の歯ブラシで!!」



母親として、そして娘と同じ女性として、母親も相当にショックが大きかったのだろう。彼女は何度か吐きそうになりながら体を震わせていた。



後日報告を受けたところによると、逮捕された男は弥生さんの元彼ではないどころか、弥生さんとはまったく無関係だった。また、弥生さん以外の部屋にも侵入を繰り返しており余罪が多数あった。どうやって弥生さんやその他の被害者の部屋の鍵を手に入れたのか、それはここでは書かない、というか模倣犯を出すかもしれないので書けない。



これで、弥生さんの不安はなくなった。もう精神科には来なくても良いはずなのだが……、実は、彼女は今も精神科に通っている。



毎回、新品の歯ブラシでないと歯を磨けなくなってしまったからだ……。薬物療法で少しだけ改善したが、まだまだ道のりは遠い。卑劣な男が弥生さんの心にのこした傷跡は、あまりにも大きい。






ヤブ ヤブ


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