●更新日 05/17●
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「診察室に、答えは無い」後編  精神科医ヤブさんの日記





前回の続き

抗うつ薬の副作用に勃起不全がある。薬の添付文書では100人中1人くらいに起こるとされているが、詳しく聞けばもう少し多いのかもしれない。木下さんもそのうちの1人だった。
私としては、もう少し長めに飲んで欲しかったが、性生活は夫婦や恋人にとって人生の大切な一部でもある。悩んだ挙句に、思い切って少し減量してみたところ、見事に勃起力が改善した。それがまた木下さんの自信につながり、ついには仕事に復帰するまでに回復したのだ。


うつ病が治ったと喜ぶ木下さんに水をさすわけではないが、

「再発予防のため、もうしばらくは薬の内服を続けましょう」

と念押しし、それには木下さんもしっかり同意していた。

「ありがとう、先生。明日からも仕事がんばりますよ」

木下さんは赤い目をして嬉しそうにそう言った。そして、それからたった2週間後の朝である。


「ヤブサン先生、木下さん、亡くなったよ……」


「えっ!?」



木下さんが高血圧や高脂血症でかかっていた内科主治医が、私とすれ違いざまに教えてくれた。私は立ち止まり、しばらく絶句してしまった。

「ど……、どうしてですか……?」

「交通事故だってさ。仕事中に、信号無視のトラックにぶつけられてドカン。即死らしい。お客さんが乗っていなかったのが不幸中の幸い、と言っていいのかどうか……」


私は、木下さんのうつ病を一生懸命に治療した。その結果、木下さんはタクシードライバーに復帰した。診察室では涙を浮かべながら感謝の言葉を述べ、そして、タクシーの運転中に交通事故で死んだ。木下さんの最後の泣き笑いが思い浮んだ。
私はため息を一つつき、外来診察室へ向かってとぼとぼと歩いた。
今日もまた、うつ病、うつ状態の患者が何人もやってくる。


人生って、なんなんだ。


どんなに自問してみても、診察室に、答えはない。



ヤブ






ヤブさん ヤブさん


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