●更新日 08/25●


私は何も知りません男 〜白旗か?


計画倒産の疑いがあるペット葬儀、寺院の「セントスプリングス」。そこを訪れたBOSSだったが、窓口で応対するヤジマ氏は、
「私はただのアルバイト。なにを聞かれてもわかりません」
「“ヤスダ”というものが後日書面で連絡します」

と繰り返すばかりだった。

ここからBOSSの会話術がさく裂する。




おかしいですよね。ペットの供養を任されていて、その墓がなくなってしまうというのに、お客さんには連絡しない。たまたまここへ来た人だけがそれを知り、あなたを通して正体不明の「ヤスダ」さんに相手をしてもらえる。しかし、こちらからはヤスダさんには直接連絡できず、手紙が送られてくるのを待つしかない。
でも、私はアルバイトですから何もわかりません。
……経営者くさいですね。
え?
だってそうじゃないですか。ヤスダさんというのは、実は経営者なんじゃないですか?
いえ。管財人ということらしいです。
管財人ですか。それはおかしいでしょう? 管財人は損害を受けた人と連絡を取るはずですから。管財人の意味はご存知ですよね? ヤスダさんて人は弁護士なんでしょう?
……
おまけに、あなたはヤスダさんへの連絡先も隠している。
ならヤスダさんは弁護士のバッジをつけていましたか?

……あ、えーと、清算人でした、確か。
管財人と清算人じゃ月とすっぽんくらい意味が違う。清算人ということはやはり会社側の人ですよね。そんな嘘を顧客に平気でついていたのですか?
そうなんですか?管財人と清算人の違いを教えてください!
僕から言うことじゃないですよ。では、清算人のヤスダさんに電話してください。今、ここで。 私は電話番号は見ませんから。
わかりました。
ヤジマ氏が携帯電話を使ってヤスダ氏と連絡。
『取材の方が来られていまして……この留守番電話聞かれたら連絡ください。おねがいします』




留守番電話でした。
じゃあ、折り返しを待ちましょう。
しかし、変ですね。ヤスダさんはなぜこうやって身分を隠すのでしょう? 清算人ならその必要がないです。

私はお客さんの住所を聞いて、それをヤスダさんに伝え、ヤスダさんがお客さんに手紙を送る、ということを聞いているだけです。内部のことはぜんぜんわからないんです。
それにしたって、閉院を聞かされたら、ほとんどのお客さんは預かり金のことを聞くと思いますが。
中には怒る人もいるでしょう?

たまにいますけど、わたしには何もわからないので。
「ヤスダさんと会いたい」という人はいないんですか?
時々いらっしゃいます。
しかし、連絡先は教えない?
そうです。ヤスダさんが手紙を送るから、と。
では、ヤスダさんがどういった立場の人なのかも?
はい。わたしには何もわかりません。
……ひとつ気になるんですが。
はい?
あなたとヤスダさんは、知り合いですよね?
いいえ。知り合いの人にヤスダさんを紹介されて、このアルバイトについたんです。
その知り合いの人はこの会社の人ですか?
……
そのくらいは教えてもらえませんか?
……
あなたは「私は何もわからないアルバイト」と繰り返していますが、ぜんぜん関係ないアルバイトが知らない人に紹介されて、何もわからずにここでお客さんの応対ができるんですか?
どう考えてもおかしいですよ。

……紹介してくれたのは、以前、この会社にいた人です。
役員の方ですか?
社員です。一応、責任者の方です。
お名前はなんとおっしゃる方です?
……ヤスダさんに聞いてください。余計なことをいうと、私がクビになってしまいます。
私はね、保証金のことなんてどうでもいい。相談者にお金を返せで来ているんじゃないですから。それより、飼い主が愛情注いだペットの亡骸をあなた方は預かる身でしょう。それに対して責任を感じませんかと尋ねに来たんです。




感じますけど……。
なら、何にも言わないってのはおかしくないですか?
すべてヤスダさんに聞いてください。
私は留守番で、ここにいるだけなんで何もわからないんです。

でも分かってることもありますよね? あなたにバイトを頼んだ人のこと。そのくらいは聞かせてもらえませんか。
……
それとも私に言えない理由がありますか?

とうとうヤジマ氏は返事に窮した。BOSSは黙ったままヤジマ氏の言葉を待つ。
やがて、ヤジマ氏はガバッと音をたてて椅子の背にもたれ、ため息と共に真実を話しだした。

……正直に申しますと、
はい。
紹介されたというのはウソなんです。私、社員としてここにいたんですよ。
やっぱり。あなたは社員さんだったんですね。
そう。ほんの少しの間ね。仕事が無くて困っている時に『ペットの焼き場(斎場)があるからそっちをやらないか』ってことで、ここの地下にある焼き場で働いていたんです。
じゃあ、やはりヤスダさんはここの経営者の方だったんですか?
経営者じゃありません。責任者かどうかもわからない。
ただ、私がここの焼き場で働いていると、ヤスダと名乗る人が来て「この会社はなくなるから、行くところがなかったらアルバイトでここにいろ」「留守番でいいから」と。

そのとき初めてヤスダさんを見たわけですか?
そうです。それで『お客さんが来たら、感情を害さないように名前と住所を聞いておいてくれ。おれが手紙をだすから』と『あとはこっちでやるから』ということだったんです。『電話で話すとややこしくなりかねないから』って。
私とヤスダさんの関係はそういうことだったんです。
ウソ言ってごめんなさい。しかし、本当にそれ以上のことは知らないんです。

いえ。こちらもあなたの立場はよくわかりました。気の毒にさえ思います。
それで、返却されていない骨壺はどれくらいですか?

70個です。
(中略)
ヤジマ氏は嘘を吐きだして気が楽になったためか会社の内情を滑らかにBOSSに話し出した。


 思い出ノートの1ページ


では、ヤスダさんへの取次ぎをよろしくお願いします。
わかりました。すいません。



いきなり宅に訪問して優しい口調で逃げ場のない質問を繰り出すBOSS。
私は電話を使う粘着型。こんな具合に探偵と言っても十人十色です。



(次回へ続く)



九坪



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