●更新日 05/10●


スパイに憧れて


映画やドラマの探偵に憧れて探偵になる人物は少なくない。
5年前、スパイ映画の主人公に憧れて探偵となった男がいた。

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その男(以下、A)が初めて参加した調査現場での行動は衝撃的だった。調査内容は会社役員の素行調査。休日のターゲットの行動を把握すること。
Aは初めての現場ということもあり極度の緊張状態にあった。同行した上司は他愛も無い話をし、緊張をほぐすよう努めたがAの顔から脂汗がひくことはなかった。

そして数時間の張り込みの後、調査が動き出した。
ターゲットは自宅から出るとゆっくりと歩き出した。一人が徒歩、一人はバイクで尾行を開始する。
車に残ったAはターゲットが突然タクシーに乗った時や接触者にピックアップされた時のために連絡を待っていた。

そして数分後、Aの携帯電話が鳴った。

「○○交差点で誰か待ってるようだ。タクシーかもしれないぞ。急げ!!」

予備調査(下見)で周辺の地図は頭の中に入っているつもりだった。しかしAは極度の緊張からパニック状態に陥っていた。

「やばい、迷った」

予備調査で何度も確認したはずの道が地図を見ても全く把握出来ない。
Aはただがむしゃらに走り回るしかなかった。偶然でも良いからなんとかあの交差点に近づきたい。

そんなAの願いが通じたのか目の前に見覚えのある通りが見えた。その通りは間違いなくターゲットが立ち止まっている交差点の通りだった。

しかしAは同時に落胆した。
そこへの通じる目の前の道が階段だったからだ。

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「もう間に合わない…」

諦めようとしたとき、Aの頭の中にある映像が浮かび上がってきた。それはいつか見たことがあるスパイ映画のワンシーンだった。

そしてAはアクセルを踏んだ。


階段に向かって。


その時のAにはその後のことなど考えている余裕などなかった。ただターゲットを補足しなければいけない、その考えだけで階段を進んだ。
階段を下りていくその様子は先ほど頭に浮かんだワンシーンのような華麗で大胆な運転とはかけ離れているものだった。

上下に揺れる震動と横転の恐怖、これが本物の探偵の仕事なのか、映画と変わりないじゃないか、様々な考えが浮かんでは消えた。


そして・・・


「お前アホか!映画の見すぎなんだよ!!」

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「んなことやってたら大怪我どころじゃ済まないぞ!」


車内に轟く上司の声をAは俯いて聞いていた。

「あのなぁ、映画はあくまで映画なんだよ。同じことやってどうすんだ。お前は作り物じゃない、本物の探偵なんだぞ。常識考えろ!!」

調査車両は階段を下りきったあと前タイヤがパンクし、Aはその時点で尾行を断念せざるを得なかった。
バイクの調査員が参加していた為、その日の調査は問題なく終了したが、破裂したタイヤとボコボコになったホイール、そして触れただけで落ちてしまいそうなバンパーはAのほろ苦いデビューを物語っていた。

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そんなほろ苦いデビューから5年が経ち、Aは今でも探偵を続けている。
今は新人探偵を教育するという立場になったが、その日の経験がAの財産になっていることは言うまでもない。

そしてAは今でも「ジェームズ・ボンド」に憧れている。



探偵エス



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