●更新日 08/27●


逃亡先・日本(前編)


荒木です。


アメリカのビザの切り替えで私は日本へ一時帰国していた。
海外の水のほうが私には合うのだが、久しぶりの母国の空気は心地良かった。
ちょうどいいチャンスなので仕事を頭からはずす気でいたが、日本へ数人のベイルジャンパーが逃げ込んでいる可能性があるとの情報を入手していたので着手した。


外国人が集まるメッカは六本木である。
アメリカ人をはじめ、イギリス、オーストラリア、ロシアほか多国籍の人種が仕事や観光で訪れている。
昼間は日本人のビジネスマンであふれているが、ひとたび夜にもなれば大半は外国人である。
私は渡米する以前にこの街を毎夜に亘り徘徊していたこともあり、外国人ばかりがたむろするバーなどは常連で顔が利いていた。
その利点を活用して聞き込み捜査をおこなうことにしたのだ。

逃げ込んでいるであろう逃亡犯はジョン・ザナック(35歳)と、ムサ・ラヒム(27歳)のふたりだった。

ザナックはロスにて拳銃の不法所持の罪で逮捕されてベイルジャンプ。
懸けられた賞金はUS2000ドル。
ラヒムはアイダホ州で盗みを働いて起訴されたが保釈保証を受けて自由になったが公判無視で逃亡。
賞金首の額はUS1500ドルである。
それぞれ他人名義の偽造パスポートを入手していたことが明らかになった。
また空港の渡航記録で日本へ入った情報もあったのだ。
重罪犯人ではないが逃亡中は気持ちが追いつめられているので再犯でも起こせば大変なことになる。
もしも情報が定かであれば食い止めなければならない。
そう特に日本は私の故郷なのだ。
この地で外国人犯罪者の好き勝手はさせはしない。



数日間は聞き込みがてらにあらゆる外人バーや外国人ホステスクラブを回ってみた。
だがそれらしい情報を得られない場合が続き、指名手配の顔写真を店のマネージャーや常連客に手渡して連絡を待った。
すると、ある外人バーから情報提供の連絡が飛び込んできた。
ラヒムらしき人物が客で来ているとのことであった。
私は慌てて車で六本木に急行した。
装備はアメリカとは異なり、いくら捜査官であれ銃の携帯は不法所持をとられるので、特殊警棒と催涙スプレー、手錠だけである。
もしも獲物のラヒムが密売拳銃でも入手していたら太刀打ちできない。
この職務に従事してまるごしの緊張をはじめて味わった。


警戒をしながら情報提供者のバーへと入ると、カウンター席に獲物ラヒムらしき人物が背中を向けて腰かけ、ビールをうまそうに煽っていた。
それは手配書の写真の獲物に間違いなかった。
不審感を与えないように背後からゆっくり近寄るとラヒムの肩に手をかけ丁寧に話しをした。
私の身分と目的を告げるとおとなしく指示に従うラヒムを外へと誘導した。
街頭へ出て白旗で同行すると思いきや、いきなり私を振り切って走り出した。
そのあとを必死で追ったが逃げ足の早い輩である。
息を切らせて何とか追いついた私は、反撃してきた往生際の悪い獲物を黙らせるために拳の制裁を幾度か食らわせた。
苦痛に耐えきれずにその場にうずくまったラヒムに手錠をかけると、駐車してあった車へ連れて行き中へ押し込んだ。
その夜はビジネスホテルの部屋に獲物を監禁した。



翌日、成田国際空港までラヒムをエスコートして受付カウンターにて護送許可申請を手早く済ませると私はアメリカへ向けて機上の人となった。
無論、本国へ到着するとすぐに愛銃コルト45口径自動拳銃をピックアップして携帯。
この稼業はやはりまるごしでは生きた心地はしない。
獲物が日本で銃火器を用い武装していなくて幸いである。
安堵感でホッとする瞬間であった。

無事にラヒムをアイダホ州の留置場へとトランスポートして、手配していた現地のベイルボンズから経費別途の報酬を頂戴した。
そして落ち着くヒマもないまま再び日本へと戻った。
残るはザナックだが、銃の不法所持で捕まった輩なのでラヒムより危険度は高い。
大半の犯罪者は再犯でも同じことを繰り返すのが相場である。
そうだとすると密売拳銃を所持するに違いないと思った。
ザナックの捕物は困難を極めるが、あえて挑むのがハンターの心意気である。

人間はいったん臆病風が吹くとそれがトラウマとして引きずることが多い。
それだけは願い下げだと思った。


(後編へつづく)



バウンティハンター



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