●更新日 07/22●


幸せのつかみ方(後編)


ハイエースから降車した対象者は、店内のあらゆる商品を無視し、急ぎ足で歩いて行った。そして、向かった先は薬店だった。店内を知り尽くした様子で歩いて行くと、目当ての商品の棚の前で立ち止まり、一度周囲を見回した後、商品を手にした。その商品は予想通りとも言えるたコンドームだった。



それを袋に入れる時間も惜しむように作業着のポケットに押し込むと、足早に屋上へと戻って行った。
その時、携帯電話が鳴った。
二対に動きがあったのだろうかと着信画面を確認すると、そこには依頼者の名前が記されていた。無意識に周囲を見回すと、視界の中に買い物袋を持ち、携帯電話を耳に当てた女性の姿が目に入った。対象者の尾行を続けたまま横目で女性の顔を確認すると、そこには今まさに尾行している対象者の妻の姿があった。

対象者の様子から妻が居ることには気づいてないことが確認出来たが、咄嗟の判断で尾行を中断し、依頼者の元に駆け寄った。依頼者はそれに同調するように足早に歩み寄ってきた。

「夫は1人ですか?」

その質問に首を振り、

「女性と一緒です」

と答えた。ここで長話をしていると証拠を抑えるチャンスを失ってしまうため、依頼者の驚く様子を無視し、動きがあったら直ぐに連絡すると伝え、屋上へと急いだ。階段を駆け上がる直前に後を振り返ると、依頼者は立ち止まったまま携帯電話をじっと見つめていた。



屋上へ戻ると対象者は既にハイエースに乗り込んだ後だった。調査車輌での監視を再開し、後輩に依頼者と会ったことを伝えると、

「マジっすか!!」

そう声を上げ、カメラを構えていた体勢を崩しこちらを見たが、私がハイエースを指差すと、その意図を察したのか体勢を戻しカメラを構え直し た。そして、先ほどとは打って変わり落ち着いた口調で言った。

「どうするんですか?」

その質問に即答することは出来なかったが、ハイエースを暫く見つめた後、携帯電話を取り出しながら自分に言い聞かせるように呟いた。

「決めるのは俺じゃないよ」

ワンコールで通話状態になったことで依頼者がどれほどこの電話を待っていたのかを理解することが出来た。屋上駐車場にハイエースを停め女性と車内に留まっていること、対象者がコンドームを購入したこと、これから車内で行われであろう行為のこと、そして最後にこの場所で決定的な証拠を撮影することが難しいことを伝えると、暫く沈黙の時間が流れた。

ハイエースに若干の揺れが起こっていることを確認した時、依頼者が言葉を発した。

「自分で確認します」

そして・・・依頼者はハイエースの運的席側のドアの前に立っていた。開け放たれた車内でどのような行為が行われていたかはその表情から理解することが出来た。
車内に向かって言葉を発していることは窺うことが出来たが、その表情があまりにも冷静だったためか、その姿を調査車輌から見つめていた後輩は言葉を失っていた。

ドアを勢い良く開けてから一分ほど経っただろうか、話を終えた依頼者はドアを閉めることなく、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてきた。無意識で撮影していたビデオカメラのファインダーが依頼者の顔を捉えると、その目から大粒の涙がこぼれ落ちた。



愛する人が自分以外の人間と行為に及んでいる姿を見ることがどれだけショックなことなのかは想像出来る。しかし実際にはその想像をはるかに超えるショックを受けているはずだった。夫の前ではあくまで冷静に努めた姿を見て、この日が来る事を既に予測していたのかもしれないとファインダー越しの顔を見つめながら考えていた。

「この表情を忘れないようにします」

依頼者が調査車輌の横を通り過ぎた時、後輩はその姿を目で追いながら独り言のように呟いた。依頼者の顔は堪え切れなかった涙で溢れていた。

その後、依頼者は夫と相手女性に慰謝料を請求し、今後の生活費として十分な額を手にすることが出来た。あの時、ハイエースの鍵が閉まっていたらどうしよう思っていたんですか?後日そう依頼者に聞いたとき、彼女はにっこりと微笑み答えてくれた。

「開いていることは確信していました。あの人の考えは分かるんですよ。10年も夫婦でしたからね」

依頼者が浮気現場を自分の目で確認しなければ、今回のケースは慰謝料が取れる可能性は低かったかもしれない。そんな状況の中で自分が受けるであろうショックも顧みず、勇気を持って踏み出したこと。その勇気が幸せをつかむ一番の方法だということを、彼女は身を持って教えてくれた。



探偵コフジ



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