成果主義の行き着く先
〜 働き方も変わる? 〜


先日、ソニーが成果主義賃金に全面移行することを明らかにした。
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平成の日本にこれまでの年功給型制度は合わないと言われてきた。ただでさえ不況で業績が下がっているなか、働き盛りを過ぎた人間に対して右肩上がりの給料を支払い続けることは企業にとって大きな負担(悪い言い方をすればお荷物)であろう。
そこで登場したのが成果主義。今回ソニーという大きな企業が導入を発表したためニュースとなったが、実際既に取り入れている企業も多い。しかし年功主義に取って代わるように現れた成果主義は、既に一部で崩壊が始まっているとも言われている。



▲新しいものを取り入れることは簡単なことではない。


成果主義の「成果」。それは「数字」で現れる客観的な個人業績で表されることが多い。従業員の貢献度を全て数値化することは不可能。「数字」というものは一つの尺度にしかならないのに、自分の給料に直接跳ね返ってくるのだから年功主義とは仕事のやり方が大きく変わることになる。現在成果主義を取り入れている企業では、この変化に付いていけない社員が多いという。

まず大きな変化の一つとして、職場内に非協力的な人間が増えるということが挙げられる。「これは私の仕事」「これはあなたの仕事」ということが明文化されるため、自分の給料に跳ね返ってこない仕事は誰もやりたがらない。他人に頼ってばかりいる人も困るものだが、周りに仕事を頼みづらくなることで職場内の作業効率が下がるのではないかと言われている。
また、「数字」だけを上げようとすると、思わぬ落とし穴に嵌まることもある。数字だけで全てを決めることがなぜ悪いことなのか。例えばテレビの視聴率。わずか1%、2%という視聴率で大金が動くわけだが、それを決めるのは600世帯の限られたモニター。面白くてタメになる番組を作るという本来の目的を失い、モニター世帯を特定することに必死になってしまう。それでも外向けには「数字」として評価されるのだから、おかしな話である。



▲タトゥーのドーム公演だって入場者数だけでは良し悪しを判断できない。


一方、そういった「数字至上主義」にならないためにも、他人の主観評価を給与に反映させようという考えもある。しかし、評価するのはあくまで人間の主観。評価された側の人間が納得できないということも多々あるに違いない。そのため他人の主観評価は「和を重んじる日本人」の特徴として、「数字を上げられなかった人への同情」としての補填手段に落ち着いてしまうことは大いに考えられる。
でもそれはまだ良い会社かもしれない。なかにはこの他人評価の目がストレスにしかならない会社もある。盗聴事件でお騒がせ中の某消費者金融会社のように、「会長の写真への挨拶が悪い」という理由でクビだなんて、シャレになっていないかも・・・・・・。



▲この画像を見て思わず「挨拶」してしまった人はいないだろうか。


では成果主義より良い給与制度はないのか。
残念ながら、今のところどの企業も答えを出せていない。今は年功主義と成果主義ををバランスよく取り入れようとする企業が多い。


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こういう風に夢のある給与制度を提案する会社もある→こちら


この世に完全な給与制度は存在しないゆえ、給与制度は時代とともに常に変えていかなければならないものである。ということは、各企業の給与制度見直しはその企業が続く限り途絶えることのない永続作業。「給与制度を見ればその会社の本質が見えてくる」というのはこういったことから言われるのかもしれない。
成果主義賃金制度の行き着く先にあるのは組織の活発化か、それとも崩壊か。その答えはこれから少しずつ見えてくるはず。あなたも自分の会社(もしくはこれから働こうとする会社)の給与制度が会社をどう変えていくか、注意深く見てみてはいかがだろうか。





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