●更新日 11/07●


萩本欽一は知っていた?! 昭和のある殺人事件


昭和49年11月9日、男女二人の遺体が五井海岸沖で浮遊しているのが発見された。
千葉県警の調査により、遺体はドライブイン経営のSさん夫妻(千葉県市原市在住)である事が判明した。
同時に、夫婦の息子を殺人、遺体遺棄の容疑で逮捕した。
警察の発表によると、昭和49年10月30日午後5時20分頃、被害者夫婦の息子であるT(当時21歳)は、交際相手の風俗嬢との結婚を反対されたことを恨み、父親(当時59歳)を11箇所、止めに入った母親(当時48歳)を20箇所、登山ナイフでメッタ刺しにして殺害に及んだ。
元々、T容疑者は成績も優秀で地元の高校を卒業し、両親の事業を手伝っていた。
だが、内縁の夫を持つ風俗嬢に溺れてしまい、次第に荒れた生活をするようになっていたのだ。
Tは犯行後、自宅の金庫から現金を持ち出し、両親の遺体を浴槽に隠蔽。
2日後の11月1日、死体を五井海岸の養老川河口から遺棄した。
この時、両親の遺体には車のホイールを重りとして結びつけており、その残忍さは捜査員も顔をしかめるほどであった。

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その後、Tはまるで犯行を忘れるかの如く、恋人の風俗嬢と共に飲食店を飲み歩き、モーテルで痴情にふけったという。
Tは、犯行をみとめることなく無罪を主張。
「父は母によって殺害されたもので自分はやっていない、母はまた違う第三者によって殺害された」と主張し、裁判は、冤罪か有罪かで大いにもめた。
犯行日とされる10月30日午後5時20分頃、隣家の人間が「ぎゃー」という悲鳴や、椅子など家具が倒れる物音を聞いている。
そこで警察はこの日時が犯行時間だと推測したのだ。
だが、ここで容疑者に有利な証言が出てくる。
隣の食堂の従業員が、犯行のあった10月30日の午後7時から7時30分の間に、Tの母親が米飯を買いに来たと証言したのだ。
だとすると、悲鳴のあった時間のあとも母親は生きていたことになり、Tの「母親が父親を殺した」という証言が真実味を帯びてくることになる。
この従業員の証言はかなり具体的で信憑性が高い。
@ 食堂の主人が床屋に行って不在時にTの母親が来た
A テレビで欽ちゃん(萩本欽一)の番組が流れていた。
B(その食堂の)給料日の前日だった
C外は雨が降っていた
など、真実を言っているとしか思えない内容であった。
確かに、犯行当日の10月30日は午後7時から7時30分に萩本欽一出演の「日本一のおかあさん」という番組が放映されていた。
この証言で、Tは無罪と思われた。
しかし、検察側が反転して証拠をあげてきた。
前日29日の午後7時30分から8時まで、同じく萩本欽一出演の「55号決定版」が放映されていた。
この時にTの母親は米飯を買いに来たのであり、従業員の勘違いであると主張した。
この検察の主張を受け入れて、千葉地方裁判所は昭和59年3月15日、Tに死刑判決を言い渡した。
昭和61年8月29日、東京高裁はTの控訴棄却し、平成4年1月30日、最高裁はTの上告を棄却して死刑が確定した。

この事件は中上健次の小説『蛇淫』、長谷川和彦監督、水谷豊主演の映画『青春の殺人者』のモデルとなった。

尚、T容疑者は無実を訴えて、現在も再審請求中である。



山口敏太郎



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