●更新日 09/05●

扉にたたずむ影


19歳の春。
幼い頃から霊感体質だった私は、毎日のように起こる短大の寮での霊体験に嫌気がさし、2回生となった春から1人暮らしをする決心をしました。
親の反対を押し切った格好となったので、学費以外の援助は打ち切られてしまい、月10万円のアルバイト料でも支払いが出来る格安の部屋を探したのです。
学校に隣接するそこを見つけたのは、同じ寮にいた友人の一言でした。

『私が下宿をする家に一部屋空きがある』

1も2もなく飛びついた私でしたが、それがあんな出来事が起きる部屋だとは……。



私がその部屋を見たのは、引越し当日でした。
それまでに家賃と当面の生活費を稼がないとこれからの生活が不安だった私はギリギリまでアルバイトに精を出していたのです。
築30年は経過しているであろう、2階建ての一軒家。
間取りは1階に台所・お風呂・トイレと他2部屋、2階に2部屋。
私を含めて元寮生の3人と、元々住んでいた1人。合計4人での共同生活となりました。



玄関を入ってすぐ右側が私の部屋と言われ部屋の扉の前に立った時、悪寒が走ったのです。
感じなれたあの感覚に、「ああ、ここもか」と思いながら扉のノブに手を伸ばして中に入ろうとした瞬間。
私の全身が警告信号を発しているのが判ったのです。



両肩に重く圧し掛かる重圧感
胸を圧迫されているかのような息苦しさ
ドアノブを握る手に伝わる僅かな痺れ

そして、誰かの視線……。



寮を出てしまった私には後戻りは出来ません。
半ば覚悟を決め、私は部屋での生活を始めたのでした。

住めば都とはよく言ったものです。
1ヵ月も過ぎる頃には部屋の中に溢れる重圧感にも慣れ、普通の生活を送れる状態になっていました。
しかしあの視線だけは気になって、気になって。
よくよく探っていると、元凶は私の部屋の扉でした。
そこから誰かに見られているのです。
とりあえず私はその視線を遮るために扉のほとんどを覆える程の大きなポスターを手に入れ、1番視線の強かった廊下側の側面へとそれを貼りました。
貼って暫くはその視線も薄らいだかのような感じを受けていました。しかし、それは本当に暫くの間だけでした……。



夏になる頃でした。
私の部屋の真向かいに洗面台が置いてあったのですが、歯を磨いていた友人が部屋から出てきた私に言ったのです。

『ポスターの人の目が動いている』

廊下を歩いて玄関へ向かったり、私の部屋を背にして洗面台に向かうと、鏡越しに見えるポスターの人物の目が常に追っていると言うのです。
私もそれには気が付いていましたが、気のせいだと思い込むようにしていました。
いっその事、別のポスターを貼ってしまおうとも思ったのですが、扉を覆う事の出来る程大きなポスターを手に入れる事が出来まなかったのです。
仕方なく私の部屋の扉はその日から完全に開かれた状態にして、ポスターを人目につかないようにしていました。



ある日、地元から友人が遊びに来ました。
翌日に大阪へ行くと言うので、大阪まで電車で1時間の場所へ住んでいた私に会うことも兼ねて遊びに来たのです。
友人が遊びに来るからと、それまで開いたままの扉を閉めた瞬間でした。
それまで全く元気だったAが気持ちが悪いと口元を押さえ、トイレへと駆け込んだのです。
私には原因が判っていました。扉の視線が険を含んだものになっていたから。
そして私はその解決策も判っていました。一刻も早くこの部屋から出るという事。

家から1歩出たら気持ちが悪いのもなくなるからと宥める私に、友人は泣きながら頷くだけ。
1晩中苦しむ友人を介抱しながら、朝が来るのを延々と待っていました。



電車の動く時間となり、私はまだ苦しんでいた友人を半ば引き摺るように家から連れ出しました。
そして家から1歩出た途端、彼女の具合がそれまでが嘘のように治ったのです。
それには彼女自身が1番驚いていました。
私が家から出れば治ると言っていた言葉は気休めだと信じ込んでいたのだから。



日増しに強くなる霊の気配に自分なりに気をつけながら、私は短大の卒業を迎えました。
この気配とも今日の午後で永遠にお別れだと思った私が部屋で最後の荷造りをしていた時の事でした。
同じ1階に住んでいた友人が1枚のポスターを手にして私の部屋を訪れたのです。
そしてこう言いました。

「扉のポスターを別のものに変えてから出よう」と。

いつも扉を開け放していたのですっかり視線が動くという事を忘れていた私は、友人の手にしていたポスターを見ました。それはサングラスを掛けた、2人組のアーティストのポスターでした。
これなら目は動かないだろうと、善は急げと貼り替えの準備に取り掛かりました。
私がポスターを剥がす役で、友人が新しいポスターを貼る役。
が、いざ剥がすポスターを目の前にすると、その視線は一斉に私に注がれており、手を伸ばすのも躊躇われる程の威圧感を放っていたのです。
それでも私は目を瞑りながらも勇気を出してそれを一気に剥ぎ取ったのです。
「貼るよ!」
そう言って友人が扉に向かい合ったその瞬間。

友人はいきなりその場に倒れこんだのです。

一体何が起こったのか理解出来ずにいた私の視界に飛び込んできたのは……、




扉にハッキリと浮かび上がった女性の横顔。
振り乱された長い髪。怒りと怨みを含んだ鋭い眼光。





それがゆっくりと私の方を向くではありませんか!
動くだけならまだしも、徐々に浮き上がり扉から今にも抜け出さんとしていたのです。
私は無意識のうちに倒れた友人が持ったままだったポスターを叫びながら扉に貼り付けました。
それが良いのか悪いのかは別として、とにかくこれを塞がないといけないと直感して。

何とか貼り終えた私は、まだ気を失っていた友人を揺すり起こしました。
そして気絶した時の事を尋ねたのです。

すると彼女はこう言ったのです。



「髪の長い女の人と目が合った途端、体中の力が抜けてしまった」

短大1回生の時からこの家に住んでいたその友人も霊感が多少あり、私がいた部屋には何か異様な雰囲気を感じていたそうです。
そして、この部屋には長期誰も居つかなかったとも。



あれから10数年経過しましたが、あの家がまだあるのか私には判りません。



そしてあの扉の女性がどうなったかも・・・・・・





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