里見さんが入社して二日目、初対面の幹部社員の佐田(五十二歳)を見るなり、彼女の顔が真っ青になった。佐田のほうはそんなことに気づくわけもなく、机に座ってデスク・ワークをしていた。無論、他の社員も里見さんの異変には気づいていない。
しかし私は、彼女を注意深く観察していた。
佐田を見ないようにしている。真っ青になった顔に、脂汗が吹き出す。それを盛んにハンカチで押さえている。そのうち、ブルブルと小刻みに震え出した。まるで、風邪で高熱を出している病人のようだ。
異変を察知した私は、里見さんに都庁の住宅局に資料を取りに行くようにと命じた。

夕方、帰ってきた彼女は元気いっぱいだったが、それは佐田が外に出ているせいかも知れなかった。
社長室に呼び、「どうしたの?」と聞くと、一瞬驚いたが、すぐに平静を装い「え?何がですか‥‥」と逆に質問してきた。
「言いたくなければ言わなくてもいい。でも気になってね。里見さんが佐田を見たときのこと。本人には言わないから、教えてくれないかい?」
「‥‥でも、言ってしまうと、私はここにいられなくなります」
「そんなことないよ。里見さんの様子じゃ、事務所にいること自体が苦痛じゃないの?」
「いえ、慣れてしまえば‥‥じゃなくて、あ‥‥」
彼女は舌を滑らせて、自分の頭を小さくこづいた。
「何も心配はいらないから、話してごらん」
「すべてを話すと、みんなに怖がられて、ここにいられなくなります。許してください」
私は彼女をリラックスさせるために、ゆっくりと話をすすめていった。
それから30分後、やっと彼女の重い口が開いた。