『死体展』に行ってみる

〜 新・人体の不思議展 〜



個人的な経験であるが、私は何百という死体の顔写真を、じっくりと丸一日かけて観察したことがある。
それは、行方不明者の捜索の時のこと、対象者が行方不明のまま死亡している可能性があったため、依頼者である家族の方と共に警察に行き、保管されている行旅死亡人(身元不明死亡者)遺体写真を確認しにいった時である。

ほとんどが、行き倒れたホームレスの遺体写真だったが、中には交通事故に遭い、こめかみのあたりに目玉がぶら下がっているような“おい、これじゃ、顔なんかわかんねえだろ”といったスプラッタな写真もあり、その後、2〜3日は死体特有の“うつろな目”が頭から離れず、鬱になっていた覚えがある。
しみじみ、“死体なんて、あんまりじっくり見るもんじゃないよな〜”と思ったものだ。

その死体をじっくり観察させてくれる展覧会が、大阪で開催されている。
『新梅田シティミュージアム』(梅田スカイタワービル・タワーイースト5階)にて9月29日まで開催されている「新・人体の不思議展」である。


写真1 写真2


展覧会の主旨は「人体標本を通じて "人間とは" "命とは" "からだとは" "健康とは" を来場者に理解、実感して頂き、またその人体標本が "あなた自身である" ことの共感を得ること」だそうだ。
ホームページの最初には...

― 展示されている人体、あれは赤の他人ではないということである。それならあれは誰か。あなた自身
  である。そう思って見ていただければいい。―
「新・人体の不思議展」監修委員 東京大学名誉教授 養老孟司
とある。

来場者数は3月開催から20万人を超え、主催者の予想をはるかに上回る好評を博しているそうだ。
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この展覧会は別名『死体展』とも呼ばれ、プラスチック製などの人工の人体標本ではなく、実物の "死体" を展示していることが、人気の主な要因といえる。
遺体を保存しているのは、【プラストミック】と呼ばれる手法であり、人体の80%を占める水分を全て抜き取り、代わりに樹脂をしみこませる。こうする事により、人体を永久的に保存できるのだそうだ。
標本となっている遺体は、生前からの有志の方々のものであり、現在、自分の遺体を検体として提供することを検討しているお年寄りの来場者も多いと聞く。

入場してみると、会場内はかなりの人で混雑気味であったが、来場客の皆さんは、一様に興味津々といった様子。 退屈な展覧会なら、叫びながら走り回っているだろう家族連れの子供たちでさえ、標本に見入っている。 このあたりが「本物の迫力」というわけだろうか。


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写真9 標本は、やはり恐ろしくリアルだ。本物なんだから当たり前なのだが。
しかし「死体」といった生生しさは全く無い。 あくまでも「標本」。
おかしな日本語になるが「本物の標本」といった印象だ。 触ってみても「肉」という感じはしない。
蝋か、固まった粘土のような感触。 ビーフジャーキーに似ていなくもない。食欲はわかないが。

展示内容は、全身骨格は当然のこと、全身のスライスあり、脳のスライスあり、内臓各部、筋肉、血管、神経、妊婦や胎児の標本まで。 とにかく人体というものを徹底的に観察させてくれる展覧会である。
「自分の体も同じ構造」と思えば、別に医学に興味は無くても、熱心に観察してしまう。

タバコの箱に「健康のため吸い過ぎに注意しましょう」と書くよりも「真っ黒になった喫煙者の肺」を見せたほうが、ヘビースモーカーを考えさせるだろうし、「できちゃったら、堕ろせばいいや」と思っている女の子に、長時間説教するより胎児の標本を見せたほうが、性的モラルの教育になるだろう。 そういった「健康について考える」といった意味でも、有意義な展覧会になっている。


写真10 写真11


大方の来場者が笑顔で観察する中、少し気味悪げに標本を見ている女性の方がいたので話を聞いてみた。

「本物の死体と聞いていたから、どんなものかな、と思っていたんですが、本当に「標本」ですね。怖いとも、気味が悪いとも思いません。ただ、確かに死体で、昔は生きて、生活していた人なんだと思うと、なんだか、気の毒っていうか……あんまり、面白そうに見ちゃいけないのかなあとか思って、複雑な気持ちですね。」

私は昔の体験を思い出し「顔と目をじーっと見ていると、鬱になってくるんでしょう?」と聞いてみると「そう!そうなんですね!」と我が意をえたりと言った返答だった。
確かに「この人、生きてたんだなあ」と思いつつ、標本の顔をじっと見ていると、なにやら胸を打つものがある。 「死」を間近に感じる、とでも言うのだろうか。


写真12 写真13 写真14


アサヒ・コムの記事にも見られる通り、女性の来場客が目立ち、デート中らしきアベックの姿も多い。
ソフトなスプラッタムービーでも見に来ている感覚のようだ。
実際、会場には、貴重な「中国のミイラ」が展示されていたり「脳の重さを実感できる」として、脳標本を手に取れるコーナーが設けられていたり、更に出口付近には、Tシャツやグッズの販売コーナーがあり、プリクラまでおいてある。 医学的といったお堅い雰囲気はなく「楽しいイベント会場」といった趣きになっている。

しかし、その一方で、標本となった死者たちが、「人体の構造」と、「死」と「生命」について、無言で語りかけてくる。 医学的、研究的なものに留まらず、興味深い展覧会だと言えよう。

……などと、考えつつ、感慨深く会場を後にした私であったが、振り返った時、2枚のポスターを見て思わず笑ってしまったことは、正直に告白しておく。


写真15 写真16 写真17


なんか、似てる。と。


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探偵タイムス



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