見返りの柏(見返りの木)



私が現場に到着したのは、夕闇が辺りを覆い始めた頃の事だった。
そこだけ道幅が急に狭くなっており、わざわざ木を避けるように作ったために道が異様に変形していた。
「昔は大きな柏の木があったんだよ、けどね強風で折れてなくなったから今のは二代目なんだよ。細かったでしょ?」帰りに立ち寄ったガソリンスタンドの人が教えてくれた。
そういえば確かに細く弱々しかったが、しっかりとした存在感のある不思議な感覚のする木だった。

昔、悪条件下で働かされ、そのあげく村を去っていった人々が、村のシンボルである柏の木を、幾度も振り返りその姿を目に焼き付けて、まだ見ぬ土地に旅立っていったそうだ。その無念を感じる。
その木の脇の生い茂る草に隠れるようにして見返り地蔵があった。これもまた小さいが存在感があった。
この柏の木には山ノ神が宿るといわれており、今でもお参りをする人がいるらしい。

私が訪れたときにもお茶が供えてあった。
道祖神的な役割を担い、旅人を守っていた木を切り倒そうした時に、作業をしていた男の手足がしびれたということも原因で、今のような道になったらしい。そういうことがあってか、見返ると不幸な目に会うといった噂が広がった。
しかし柏の木はあくまでも道祖神として旅の安全を影から見守る優しい存在で、怨霊の類は罰当たりな事を行なった者に対する罰であると推察できる。
先代のように大きく育った柏の木を見てみたいと思いつつ、撮影を行なった後に祈りをささげ、この地を後にした。