●更新日 05/19●

呪う女





「封子シリーズ」で語られた、「呪い」の話。
誰かを呪う場合は、何らかの儀式が必要だという事だった。
だが、世の中には儀式を必要とせずに、強力な呪いを操る人間もいる・・・

「『流行の漫画のパクリだろ』と、誰も信じてくれませんけど、私は確信しています。あの女は、思うだけで他人を呪う事が出来る」

無表情でこう切り出した村山氏(仮名)は、にわかには信じ難い『事実』を語ってくれた・・・





あの女・・・Rは、私の実の母親です。
息子である私を含めて、他人を自分の奴隷や踏み台としか思っていないような、自己中心的な性格でした。
口を開けば他人の悪口ばかり。「父は何故こんな女と結婚したのだろう」と不思議に思っていたものです。

私がRの特殊な力に気付いたのは、中学生の時です。
我が家は両親共働きで、Rは全社員10名程の中小企業に勤めていたのですが、ある日突然、その会社の社長がRを解雇しました。
事あればガミガミと経営に口を出す、そんなRが気に食わなかったのでしょう。
長年Rと暮らしていた私にしてみれば納得出来る理由だったのですが、当のRは怒り狂いました。
「何故会社に貢献している私がクビにならなきゃいけないの!?」
解雇された日から、Rは荒れに荒れました。私も父も、Rの自己中心的な行動には慣れていましたが、それでも近寄れないほどに。

そんなRが急に落ち着きを取り戻したのは、解雇から1ヶ月ほど経ったある日、元仕事仲間と電話で話してからです。
寧ろ陽気になったRに恐る恐る理由を聞いてみると、忘れたくても忘れられない、満面の笑みでこう言われました。

「社長がガンになったんだって。末期でヤバイらしいよ。フフフ・・・」


写真
ざまぁみろ


人づてで聞いた話だと、余命数ヶ月と宣告された社長の落ち込みぶりは酷いものだったようです。
それはそうですよね。誰だって、あと数ヶ月しか生きられないと知ったら同じようになるでしょう。
ただ不思議な事に・・・と言うと失礼かもしれませんが、社長は死に至りませんでした。
手術も無意味だと判断された程のガンが、ある時突然消滅したそうです。
あくまで他人の出来事なので、詳細は判りません。ガンとされた判断が誤診だった可能性もあります。
それでも一時的とは言え、社長が精神的に深いダメージを負ったのは、まぎれもない事実です。
そして、社長のガンが“治った”時期と、Rの再就職した時期が重なっている事も・・・

この出来事だけなら、私がRの『呪い』を信じる事もなかったでしょう。「単なる偶然」の一言で済みますから。
ただ、他にもRの『呪い』の事例があるんです。死人まで出てしまった、悲しい事例が。


高校一年生の夏頃から、父の単身赴任が始まりました。
行き先が隣の県とはいえ、仕事が忙しい中でも週に一度は家に帰って来る父と、父の買って来る土産物を楽しみにしていた事を覚えています。

そんな生活が日常となった秋の、ある深夜・・・午前3時頃だったと思います。時刻に不似合いな固定電話の着信音で目が覚めました。
まだ寝惚けている耳に、電話に出たRの声が入ってきます。
「はい・・・はい、すぐ行きます・・・」
その声の調子だけで、非常事態が起こった事がすぐに判る声です。
寝室から居間に出ると、真っ青な顔のRがこう言いました。
「お父さんが交通事故に遭ったって、病院から電話が・・・今から行ってくる」
Rが動揺しているのが見て取れたので、私も付いて行く事にしました。眠気を感じる余裕なんてありませんでした。

青ざめた顔。人工呼吸器。絡まりそうなほどたくさんある管。血染めの包帯。
再会した父は、変わり果てた姿になっていました。
「とりあえず麻酔で眠ってもらっているが、怪我が酷いからいつショック死するかわからない」
淡々とした医者の説明に、泣き崩れるR。私はなだめる事も出来ず、ぼんやりと父を見ていました。

関係者の話によると、父は同僚を別の県に送り届けるため、大型のバンを運転していたそうです。
バンが片側一車線の、左が崖で右は山肌という細い山道を走っていた所、一台の対向車がセンターラインを越えてきて、正面衝突しました。

写真

後日の警察の捜査で判明したその時速は、推定80キロ以上・・・曲がりくねった山道でなくとも、異常な数値です。
車は両方とも大破。突っ込んで来た車を運転していた19歳の男は、即死でした。
父は運転席に挟まれ、特に右足がグチャグチャになりながらも自ら携帯電話で119番し、自力で脱出できない事を告げてレスキューを要請しました。
医者が言うには、この時点でレスキューを呼んでいなければ出血多量で死んでいたそうです。
また、もし父が反対側にハンドルを切っていたら、ガードレールを突き破って道から転落していたかもしれません。
父は、本当に紙一重で命拾いしたのでした。

事態が急転したのは、長い夜が明け、少しは落ち着き始めた私達が、父の事故当時身に着けていた品の確認を行っていた時です。
父が使っていた血染めの携帯電話が鳴ったので、Rが出ました。相手は病院の場所を聞いていたらしく、それほど長い通話ではなかったと思います。
通話を終えて電話を切ったRは、今までの憔悴し切った表情とは打って変わり、気味が悪いほど爽やかなものへとなっていました。
「今の電話、誰から?」
私の言葉に、Rは「ふん」と小さく鼻で笑い、吐き捨てるようにこう答えました。
「お父さんの『同棲相手』だって。まぁ、前々から不倫を疑ってはいたんだけど、まさかここまで私を騙してるとはねぇ・・・」


写真
このまま死ねばいいのに


「その後、何度か危ない時期もありましたが、父はなんとか回復しました。右足は神経も血管もズタズタで、ヒザから下はもう動く事はありませんけど。
以上が、私の経験したRの『呪い』です。他にも色々と事例はあるんですけど、キリがないのでこれでおしまいにしておきますね」
涼しい顔でそう述べる村山氏に、私はこの話を記事にまとめてみる、と告げた。
しかし、もし掲載されるとしたら、村山氏の母であるRの目に留まるかもしれない。
そうなればあなたも呪われるかもしれないが、大丈夫なのか・・・
私の質問に、村山氏は「ふん」と小さく鼻で笑い、吐き捨てるようにこう答えた。
「私は『呪い』に免疫がありますから。伊達にあの女の血を引いてませんよ」


なんなら、誰か呪ってあげましょうか?



探偵ファイル



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