スパイ日記
渡邉文男 MAIL : spy@tanteifile.com



9月11日(火)



指令29: (略)

スパイさんの調査で、一番驚かれたことって何ですか?


匿名



ある女性からの依頼でした。


年は50才半ば、とても穏やかな笑顔をされる、素敵な女性でした。



この男性の素行調査をして欲しい、ということで、男性の勤め先を

聞きました。やはり50才半ばの男性です。

依頼者とは姓が違いましたので、お付き合いをされている方かな、と

思いましたが、余計な詮索はせず、黙って調査を受けました。



その男性は、大手食品会社の部長補佐で、江守徹に似た紳士でした。


尾行をするうちに、同じ部署のOL(23才)とかなり深い関係であることが

分かりました。



日曜日、堂々と手をつなぎ、銀座でデート。


映画を見たあとのレストランで、夏休みに行くグアム旅行の話。



私は「ああ、二人は結婚するんだな」と感じました。



このぐらいの年齢差のカップルで、人の目をはばからずに交際している場合

周囲に交際を公言している場合が多いのです。

案の定、社内でも評判の仲で、やはり近々の結婚も宣言していました。



女性の身元を調べると、父親と二人暮し。大学を出て就職し、すぐにこの

男性との交際が始まったようです。

愛くるしい、幼い顔立ち、やわらかい雰囲気。世の中年男性にとってみれば

何とうらやましい、ということになるでしょう。



私は一週間分の報告書を持ち、依頼者の待つ喫茶店へ行きました。

依頼者は報告書に目を通すと、がっくりと肩を落としました。



「渡邉さん、実は・・・」

「はい?何でしょうか」

「この子、私の娘なんです」



うわ、親子どんぶりか!と驚く間もなく

さらに衝撃的な事実を聞かされました。



「 この人(男性)と私は、若い時分に付き合っていたんです。そして

 この人の子供を身ごもった頃、ささいな喧嘩で別れてしまいました。

 でも、子供だけはどうしても生みたかったので、この人に内緒で

 生んだんです。それが、この娘です」




・・・・・・!!   




「 私は子連れで結婚し、すぐに離婚しましたが、この娘は前の夫に

 引き取られました。

 ですから姓が違うのです。それで、もうすぐ娘が結婚するよ

 と、前の夫から聞いたんです。

 そして、相手の男性の名前を聞いて、まさかと思い、調査をしたら・・・」



女性はショックのあまり、泣き崩れた。



何と言うことだ。あの二人は、互いに父娘であることを知らないのか・・・・



こんな偶然があるものなのか・・・



この事実を二人が知れば、あまりにむごい結末が待っている。



私は、依頼者に代わってこの事実を男性に伝える役をかってでた。



娘やその家族には知らせるべきではない、と思ったからだ。



私は依頼者の名前を出して男性と会い、事実を話した。

そして、こう付け加えた。



「あなたがこの重さを一生背負ってもなお、娘さんを伴侶として選ぶなら

どうぞ結婚して、大事にしてください。

そして、くれぐれも他人に気づかれることのないようにしてください」



男性もまた、周囲の目を気にする暇(いとま)もなく、泣き崩れた。



最愛の女性が、実は自分の娘だったという衝撃は、計り知れない。






     
一年後




娘は会社を辞めていた。