●更新日 08/13●


ハーレムな男


「夫が合コンに行っているようなんです」



結婚して2年という依頼者は半ば飽きれ気味に話し始めた。
夫の携帯電話をチェックしたところ同じに日に複数の女性からのメールを受信していたという。
その内容は他愛もないものばかりでまだ特定の相手がいるわけではないようだったが、そうなる前にお灸を据えておこうと相談に至ったのだった。

「夫がどんな顔で合コンに参加しているのか、自分の知らない夫の顔を見てみたい気持ちもあるんです」

そう言いながら無邪気に笑う様子は夫の浮気調査を依頼する人物の表情ではなかった。

そして調査当日、定時の時間を5分ほど過ぎた時、対象者は勤務先のビルから現れた。依頼者の情報通り外見から真面目な印象を受け、どこにでも居そうな普通のサラリーマン だった。
オフィス街から繁華街へ移動した対象者は雑居ビルの中に店舗を構える居酒屋へと入って行った。その躊躇のない様子にこの店を頻繁に利用していることが想像できた。



対象者は8人程のテーブル席に腰掛けた。ビンゴだな、そう思いながら時計を見ると20時15分前だった。私は後輩と共に対象者の テーブルを監視できる席に腰掛け、他のメンバーが集まるのを待っていた。

それから10分後、一人の女性がにこやかに手を振り、対象者の隣の席に腰掛けた。
その数分後、新たな女性が現われ対象者の正面の席へと腰掛けた。そして20時になったことを切っ掛けに他のメンバーが続々と現われ、5分後には全ての席が埋まっていた。

しかし、目の前に広がっていた光景は予想していたものとは違っていた。
私は後輩と顔を見合わせお互い準備していたかのように鼻で笑うと、視線を対象者のテーブルへと戻した。

私たちの監視するテーブルには対象者を囲むように6名の女性が座っていた。


その光景はまさにハーレム状態だった。


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更に私たちを驚かせたのは女性同士の会話がほとんどないことだった。会話内容から全員が対象者と同じ会社の人物であることは察しがついたものの、女性同士の会話は明らかに冷めたものだった。一見盛り上がっているグループに見えるのだが、それはあくまで対象者が話している時のみで、対象者が食事をしている時などは周りの女性達も同じように食事をし、奇妙な沈黙の時間が流れることが度々見受けられた。
その不可解な光景を納得させる答えは、全員が対象者に好意を持ったライバルということしか考えられなかった。

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それから3時間程度でお開きとなり、支払いは割り勘で行われた。終始楽しげな様子だった対象者に対し、女性達はお互いを牽制し合うかのように落ち着きがない様子だった。
駅までの道のりも対象者を中心にまるで陣形を組むかのように進んで行き、隙を見て出し抜いてやろうという殺気が全員から発せられているかのようだった。

「どこがモテるんですかね。顔もぶっちゃけイマイチだし、金を持ってるわけでもない、優秀なんですかね」

後輩の言葉に依頼者が相談に来た時のことを思い出していた。依頼者の話では会社の成績はあまり良くないらしい、ではどこに魅力があるのだろうか。


「結婚した私が言うのもなんですけど正直冴えないヒトなんですよ。でも会う度に惹かれていったんですよね。惹かれたというか安心感ですかね。この人と結婚すれば不幸にはならないだろって」


調査結果を報告をした時に依頼者はそう話していた。それが本音かどうか分からない。それでも結婚相手の条件に安心感を優先した依頼者の考えは理解出来た。しかし、不倫相手に安心感しか魅力のない冴えない男を選ぶ女性達の考えは到底理解できるものではなかった。

数日後、二回目の調査が行われ、対象者は前回会った女性の一人とホテルに行った。その証拠を依頼者に見せると、彼女はフッと笑って呟いた。

「唯一の魅力を失ったら彼には何も残らないですよね」

その数ヶ月後、依頼者は離婚という決断を下した。



師匠を目指す探偵F



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