●更新日 03/30●


この子の将来(後編)


『近親相姦』という言葉くらい聞いたことがありますし『同性愛』『少年愛』もわかります。けれど、その3つが全部重なるなんて、本当にありえるんでしょうか?」

「おうかがいした限りでは『ありえます』としか言いようがありません。」



探偵のもとへ相談に訪れたのは、彼女と、夫の父と母の3名だった。

もし本当に夫が彼女の息子に同性愛行為をはたらいているのだとしたら、探偵を雇ってでも解決策を見つけなければならない。しかし、彼女には経済的な余裕がなく、その費用が捻出できない。

だが、これは家族の重大事でもある。
彼女から話を聞いた夫の父母は『もし依頼するなら料金を負担する』ということで探偵との相談に同席したのだった。


「普通の浮気の方がまだマシです。」

そう言いながら、彼女は沈んだ面持ちで顔を伏せる。
母親も顔を伏せ、父親は腕組したまま黙っている。

「お子さんはまだ6歳でしたね。」
黙って考え込む3人に探偵が見解を述べる。
「今はまだ何もわかっていないかもしれませんが、将来、ご主人に何をされていたのかを知る年齢になるでしょう。
その時、今の経験はとんでもないトラウマになると思います。
また、お子さんの性道徳に悪影響を及ぼす可能性もあります。

なんにせよ、いい影響があるとは考えられません。
早急になんらかの対策が必要でしょう。

しかし、ご主人は行為について否定している。これでは話し合いもできません。
どのような解決策をとるにせよ、まず証拠が必要です。
それも、誰もが信じざる得ないような確かな証拠がです。
なにしろ、誰もが耳を疑う状況ですからね。
当然費用はかかりますが、慎重、且つ入念な調査が必要だと思います。」


「じゃあ、その調査をお願いし……」

「私は反対だ。」

同意しかけた彼女を遮り、黙っていた父親が口を開いた。
彼女は驚いて父親を見た。
母親は父親に同意するように頷いている。
探偵は小さくため息をついた。(やっぱりそうきたか。)と思いながら。


腕組をしたままの父親は、頑固な口調で言葉を続ける。
「義理とはいえ父親が息子に性行為をするなんて、そんなことはありえない。
ありえないんだから、調べる必要はない。
調査など無駄だ。私は無駄金を払うつもりはない。」


「なに言ってるんですか? お義父さん?」
彼女は信じられない、といった顔で父親に訴えた。
「彼が息子を同性愛の対象にしているんですよ。放っておくつもりなんですか!?」
「だから、そんなことはありえない、と言ってるんだ。」
「お父さん?」
「第一、そんなことを調べてどうする気だ? 離婚でもするつもりなのか? 
だったら、きみが黙って家を出て行けばいいんじゃないのか?」


彼女は信じられないものを見る目で父親を見た。
父親は、まるで仇を見るような目で彼女を見ている。

結婚以来、優しく接してくれていた義父はそこにはいなかった。

「あのね。私もそう思うのよ?」

夫の母親が、諭すような口調で彼女に話しかけた。
「仮にね、仮にそういうことが本当にあって、証拠がとれたとして、それって、どうしようもないことなんじゃない?」

「信じられない……二人ともなんでそんなこと言うんですか?
彼女は困惑しながら父母の顔を見比べる。

「年端も行かない男の子に性的ないたずらなんて、許されるはずがないじゃないですか!?」
「でも、今のところそんな証拠はないんでしょう?」
「だから、その証拠をとろうとしているのに!」
「よく考えてちょうだい。その証拠がとれたとしたら、あなたはどうするの?」

母親は優しげな口調で、しかし、強硬に彼女を説得にかかっていた。

「離婚するの? 家を出て行くの? そんなことになったら、子供もかわいそうだと思わない?」
「でも……」
「それにもし、そんなことが原因で離婚なんてことになったら、私たちの息子の社会的な立場はどうなってしまうと思う?

あなたは、あの子の将来のことを考えてはくれないの?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女と夫の両親は、さんざん言い争ったあげく、結局「もう一度検討する。」ということで、事務所から出て行った。


(たぶん、依頼にはならないだろうな。)
3人が帰った事務所の中で、探偵は一人でため息をついた。

あの家庭のなかで、彼女の立場は強くない。おそらく両親に説得されてしまうだろう。
両親は絶対に探偵を雇おうとはしないはずだ。

しかし、彼女が今の状況に耐えられるはずがない。やがて離婚話にまで発展する。
夫と離婚し、彼女とその子供はあの家を出て行くことになる。

両親は息子の不道徳な行為を隠蔽することに成功する。

あの両親だって悪い人物というわけではない。
こんな状況でさえなければ、愛情に溢れた良き父親であり、母親なのだろう

「親子愛」「家族愛」は尊い。それが強ければ強いほど、親は子供を守る
「家族の幸せ」や「子供の将来」を、なんとしても守ろうとする。

たとえ、他の子供や家族を踏みにじってでも。


(せめて、彼女の子供が立派に育ってくれますように。)
できるのは、そう祈ることだけだった。



摂津の探偵



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