●更新日 03/28●


おかしなイタズラ電話の話


真剣な悩みを抱えている人の依頼を受け、その力になるというのが私たち探偵の本懐だ。
しかし、たまには依頼をするつもりもないのに、冷やかしで電話をかけてくる奴もいる。
今回は、そんなイタズラ電話の話。


ある日、相談の電話が鳴った。
声からすると、まだ若い女性のようだ。

若い女性からの電話

「彼氏を尾行してほしいんです。」
「行動調査ですか?」
「行き先を調べてほしいんです」
「わかりました。どこから尾行しましようか?」
「病院から。」
「病院にお勤めなんですか?」
「いえ。今、入院しているんです。」
「退院してどこへ行くか、ということですね?」
「はい。」
「いつ頃、退院なさるんですか?」
「たぶん、今日か、明日か、あさってには。」
「未定なんですね?」
「はい。でも、近いうちに。」
「わかりました。では、彼氏の特徴を聞いておきましょう」
「痩せています。」
「細身なんですね?」
「はい。今は。昔は太っていたんですけど。」
「ご病気で痩せられたんですか?」
「はい。重い病気でしたので。」
「入院生活が長かったんですか?」
「はい。随分長かったです。」
「なるほど。」
「つきあいはじめて、まもなく入院しましたから。」
「それは大変でしたね。」
「でも、退院したら結婚する約束なんです。」
「そうですか。それはよかったですね。」
「ええ。楽しみにしています。」
「で、彼氏のお住まいはご存知ですか?」
「はい。私の家です。」
「ああ、いっしょにお暮らしだったんですね。」
「はい。二人暮らしでした。」
「ご両親は?」
「近所です。婚約してから部屋を借りたんです。」
「ああ、すると、新居なんですね?」
「はい。」
「では、退院したら家に帰られるのでは?」
「家には帰らないんです。」
「そうですか。」
「どこにも帰らないんです。」
「そうですか。」
「病院から、そのままどこかへ出かけて行くんです。」
「そうですか。」
「一人で。」
「そうですか。」
「もう帰ってこないと思います。」
「そうですか。」
「どこへ行くのか知りたくて。」
「気になりますね。」
「探偵さんはどこまで尾行してくれるんですか?」
「どこまでも尾行しますよ。」
「じゃあ、最後まで尾行してください。」
「わかりました。最後まで、ですね。」
「彼がどんなところへ行くのか知りたいんです。」
「わかりました。」
「できますか?」
「できますよ。」
「じゃあ、お願いします。」
「わかりました。ただ、ちょっと問題があります。」
「なんですか?」
「彼の行く先についてなんですが。」
「はい。」
「とても“良い場所”に行かれると思います。」
「はい。」
「私は戻ってきたくなくなると思うんです。」
「はい。」
「そうすると、報告義務が果たせません。」
「困ります。戻ってきて報告してください。」
「自信がありません。」
「困ります。」
「なにしろ、すごく良い場所なので。」
「そんなに良い場所なんですか?」
「ええ。もう戻りたくなくなるそうです。」
「そうなんですか。」
「実際、戻ってきた人もおりません。」
「……」
「彼は間違いなくそこに行かれるでしょうし、」
「……」
「そんな良い所に行けたなら、私も戻りたくはありませんし、」
「……」
「いや、困りました。」
「…………優しいですね。探偵さん。」


少し笑いを含んだ声でそう言い残し、相手は一方的に電話を切った。
たちの悪いイタズラ電話だった。

イタズラ電話

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後日。
ある依頼者が事務所を訪れる。
依頼内容を聞くと、かなり難度の高い尾行調査だった。当然、値段も高くなる。

高額調査の場合は契約に時間がかかることが多いのだが、この依頼者は最初からこちらを信用してくれていたようで、契約は思いのほかスムーズに進んだ。
わけを聞くと、

「知り合いから、こちらの探偵さんは信頼できるという話を聞いたんです。」
「その方は、最近、ご主人を亡くされたんです。それが、結婚してすぐだったらしくて、随分落ち込んでらしたんですけど、その時、こちらの探偵さんに力になってもらったとか。」
「優しいし、親身になってくれるし、相手がどんなところに行こうと尾行してくれるって。」


……まあ、たまにはおかしなこともある、という話だ。



静岡の探偵



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