●更新日 03/18●
厳しい現実を見た日(後編)
(煙草の数が多すぎる……)
一日4箱〜5箱というのはかなりのヘビースモーカーではないだろうか?
しかし、その割には喫煙しているところをあまりみかけない。
(どういうことだろうか?)
しかし、他におかしな点は見当たらない。当然、女性の影もない。
結局、そのまま調査は終了した。
「こりゃ、ターゲットがかわいそうですよ。浮気してないとは言い切れないけど、本当にまっとうな人ですよ。これ以上の調査は料金の無駄だと思いますね。ひょっとして奥さんの方にもが問題あるんじゃないかなぁ?」
共に調査に当った調査員達はそんなことを話している。
私も同意見だった。ターゲットは“シロ”だろう。
浮気調査の場合、9割以上は“クロ”なのだが稀にこういう事もある。
私は、その後の家庭に平穏があるよう祈った。
しかし、その一ヵ月後、再び依頼があった。
依頼者曰く、
「前回の結果を見て、夫を疑って悪かったと思いました。
あれから一ヶ月がたったんですけど……やっぱり夫がおかしいんです。
なんていうか……やっぱり怪しいんです。
もう一度調査していただけないでしょうか?」
私達の印象としては“シロ”なのだが、依頼者が納得しないのであればしかたない。
次の休日、行動を監視することにする。
【調査当日】
朝9:30。ターゲットの自宅に張り込む。
ターゲットは11:00頃に家を出た。カジュアルな服装。荷物はなし。
電車に乗って、とある駅で降りる。
そこからかなり長い間歩く。周辺は民家の立ち並ぶ住宅街。
よく見ると、ターゲットは辺りを見回しながら歩いている。どうやら何処か場所を探している様子だ。
(住宅街……女の家を探しているのか?)
やがて、ターゲットはとある高層マンションに入った。
私たちは緊張した。
(やはり浮気していたのか!)
何号室に入って行くかを確認し、証拠を押さえなければならない。
調査員の一人がターゲットを追って、マンションの中へ入って行く。
しばらくして、その調査員から連絡が入った。
「すいません。見失っていまいました。」
話によれば、ターゲットは階段で4階まで上った後、エレベーターに乗ったそうだ。
(なぜ、途中まで階段で、途中からエレベーターなのか?)
発覚を警戒した調査員は、敢えてエレベーターには乗らず階段をダッシュ。
しかし、追い切れず見失ってしまったのだという。
(最悪だ……ここまで来ておきながら!)
たしかにターゲットの行動は不自然だ。
バレてしまっては元も子もない。調査員の判断は間違いではないだろう。
しかし、これでは依頼者に申し訳が立たない。
だが、ここでそんなことを考えてもしかたない。
とにかくターゲットはこのマンションの中にいるのだ。
張り込みしつつ、作戦を練っていた、その時。
ド―――――――――ン
大きくはないが鈍い音。
なにか、柔らかいものが地面に叩きつけられるような。
直後に悲鳴。付近の住民たちの騒ぐ声。
「飛び降りだ!」
「飛び降り自殺だ!」
(まさか!)
現場に行ってみると、倒れているのは紛れも無くターゲット。
私たちは凍りついた。走馬灯のように記憶が巡る。
休日の意味の無い行動。
移動中の不審な行動。
目的地を定めない徘徊。
異様に多い煙草の購入数。
それなのに少ない喫煙回数。
思い当たる幾つもの挙動不審。
数々の奇行は、悩みに追い詰められた人間のそれだったのだ。
ターゲットは即死だった。
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後日、依頼者である奥様から聞いた話になる。
「夫の奇行にはなんとなく気付いていました。」
怒鳴ったり暴力を振るうことはなかったが、買い物の時、まだある品物を大量に購入したり、外食の時、異常に品物を注文しすぎたり、店員に理不尽なクレームをつけたり。
購入した大量の煙草は、ほとんど吸わずに捨てていたそうだ。
「浮気を疑っていたのは事実でしたが、実際は何かとんでもない事をやらかすのではないかと……」
しかし、それらを私達には言い出せなかったのだという。
今回の調査に落ち度はないだろう。
調査の目的は「浮気の確認」であり、そのために全力を尽くしたつもりだ。
しかし、奥様からもっと情報を聞き出せていれば……
あるいは、ターゲットの不自然さをもっと伝えることができていれば……
だが、もう遅い。
一見「非の打ち所のないサラリーマン」だったターゲット。
彼は心に、どんな悩みを、どれほど抱えていたのだろう。
本当の解決はそれを察する事であったのだ。
それが出来なかった事が非常に心に残る。
尾藤
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