●更新日 03/16●


真夜中の相談者


ある深夜に電話が鳴った。


「もしもし、探偵さん?」
「はい。探偵です。」
「あのね〜旦那を殺して欲しいの!」

「……はい?」

「だから、旦那を殺して!!!」

「……申し訳ございませんが、当社ではその様なご依頼はお引き受け出来ませんので。

そう言い放ち、電話を切った。この手の電話は大抵イタズラだ。
しかし、なにか嫌な予感がする。 しばらく電話を見つめていると、


鳴った。やっぱり。

「探偵さん、ごめんなさい。少し酔っていて……」
「大丈夫ですか?」
「あら、探偵さん優しいのね?」
「……いえ。」(社交辞令のつもりで言ったんだが。)
「旦那と意地でも別れたいのよ……」
「そうですか。しかし、ただ別れたいといっても無理でしょう。旦那さんの不貞の証拠でもあれば何とかなるのですが……」

そこから延々と2時間、彼女との会話が続いた。
彼女にしてみれば、気安いカウンセラーに出会ったようなものだったのかもしれない。
たまたま、ヒマだったから相手になった俺も悪かった。

その日から、毎週日曜の深夜、彼女から必ず電話がかかって来るようになった。

・・・3ヶ月後・・・・

最近では彼女は旦那のことを始め、仕事や子供のこと、世間話までを話すようになっていた。
習慣とは恐ろしいもので、その頃になると俺もすっかり彼女の話相手に慣れてしまい、彼女からの電話を待つようになっていた。
別に何を話す訳でもなく、どこの誰かも分からない相手なのだが、今思えば、そこが余計に話を弾ませたのかもしれない。

ところが、ある日を境に、彼女からの電話がふっつりとなくなってしまった。

(どうしたのかな?)
(まあ、もう、かれこれ3ヶ月目だ。)
(そろそろ飽きたんだろう。)

そう思って、肩の荷を降ろしかけていた時、


電話が鳴った!

(おい、またか???)
複雑な気持ちで電話に出るとやはり彼女。

「探偵さん! ありがとう!!」
「ありがとう???」
「お陰さまで成功したのよ、尾行。
「はあ?」
「ほら、教えてくれたじゃない! 浮気調査方法!
「えっ……?」

彼女に言わせると、今までの長い会話の中で、俺はいくつかの調査方法を自然に伝授していたらしいのだ。しかし、思い当たらない。どんな方法を教えたんだっけ?

「どうやったのですか?」

「旦那の車のトランクに隠れたのよ〜(笑)」



「………………マジ?」
マジ! 上手く行ったわよ、はははははぁ〜」
「……」(そういえば。)

思い出した。彼女との会話のつれづれに、
『昔、警戒心の強いターゲットの張り込みをしなければならなくなった時、車のトランクの中に隠れてターゲットを見張った。』
という話をしたことがある。

しかし、ありゃ張り込みの話だ!
ターゲットの車のトランクに隠れるなんて尾行方法があるか!?
上手く行ったから良いものを失敗したらどうなっていた?
おそろしい!
素人は何をしでかすかわからん!!

話を聞くと、彼女は昼間のうちに旦那の車のトランクに、内部から開けられるよう針金で細工をしておいたのだという。
そして、旦那が浮気に出掛ける少し前、自分も用事で出かける振りをし、旦那の車のトランクへ。

そうとは知らない旦那は、浮気相手の女を乗せてラブホテルへ。



やがて、コトを終えた二人がホテルを出て車に乗り込む。
ふとルームミラーを見ると、その後部座席には!





こ、こええっ!!


ある意味、名探偵か? しかし、名探偵がトランクに隠れるか?
ともあれ、自分で証拠が集められるならば探偵は要らない。

彼女はこれから離婚訴訟をする予定らしいのだが、実は数年前から離婚を考え、チャンスを狙っていたらしい。今回の成功は執念がなせる技だったのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その日以降、彼女から電話はなくなった。
これで、ようやく本当に肩の荷がおろせたわけだ。やれやれである。
悩める深夜の相談者の幸運を祈るとしよう。



たまに日曜日の晩、電話が鳴らないことを物足りなく感じるときがある。
まあ、そのうち忘れるだろうが。



AREA 2002



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