●更新日 12/07●

フェミニズム桃太郎


ナレーター 昔、ある所に、おばあさんとおじいさんが住んでいました。おじいさんがいつものように山へしば刈りに行こうところからこの話は始まります。


おじいさん「さて、今日も張り切ってでかけるか」
おばあさん「ちょっとまってください、おじいさん」
おじいさん「なんだ、ばあさんや」
おばあさん「たまには私も山へ行きとうございます」
おじいさん「お前は、いつものように川に洗濯に行かなきゃならんだろう」
おばあさん「いつもいつも川で洗濯ばっかり。私は洗濯するために生まれてきたのではございません」
おじいさん「そんなこと言ってもだめだ。しばかりはわしの仕事じゃ」
おばあさん「どうして私がしば刈りに行ってはいけないのですか。おじいさん」
おじいさん「女のお前が洗濯し、男のわしがしば刈りをすることは、今まで何十年もやってきたことじゃないか」
おばあさん「その何十年、何だか急にむなしく思えてきたのです。わたしには、ほかの生き方もあったのではないかと」
おじいさん「でも、お前は女だ。男とは体の大きさも、出せる力もちがう。男と同じように働くことはできるはずがない。やっぱり、女には女にふさわしい仕事があるはずだ」
おばあさん「たしかに私はあなたより背は低いし、力もないかもしれません。でも、小枝を払ったり枯れ枝を拾ったりするしば刈りという仕事は私にもできるかもしれません。男だ女だという理由で決めてほしくありません」
おじいさん「お前、今日はやけにしつこいなぁ。わかった、わかった。そんなに言うなら、一日だけ仕事を交代してやろう」


ナレーター いつもとちがうおばあさんの勢いにおされたおじいさんは一日だけ役わりを交代することにしました。実際にやってみれば、やっぱり洗濯の方が楽だということに気づくにちがいないとおもったのです。男の仕事をあまく見てもらってはこまるという思いもどこかにありました。



ナレーター 春になったばかりで水はまだまだ冷たい川で、おじいさんがいっしょうけんめいに洗濯をしています。
おじいさん「よいしょ、よいしょ。あぁー、重たい。水をすいこんだ着物がこんなに重いとは思わなかったなぁ」
※ 力をこめて、いっしょうけんめいにしぼる。急に、こしに手を当てて、

おじいさん「あいたた。こりゃぁ、まいった、まいった」
※ 両手でこしをたたきながら、川の方を見る。
おじいさん「あれっ、あれはなんだ」
合唱隊 どんぶらこ、どんぶらこ、どんぶらこ、どんぶらこ
おじいさん「おお、おお、大きな桃じゃ。今日一日、ばあさんと仕事を交代したから、ばんのごはんはわしの係じゃ、これだけの大きな桃ならさぞかしおなかもふくれるじゃろう」
※ おじいさんは川に入っていき、桃を受け止めると岸に運ぶ。
おじいさん「よいしょ、よいしょ。うーん。こりゃだめだ。これだけ大きい桃を持って帰れば、ばあさんもわしの力の強さにびっくりして、『おじいさんってス・テ・キ』って言ってくれると思ったのになぁ」
※ おじいさん、うなだれてすごすごと帰っていく。



ナレーター 夕方になって、おばあさんが帰ってきました。背中には、いつものおじいさんが持って帰るのと同じくらいの枯れ枝があります。
おばあさん「運ぶにはさすがに力がいるのではと、かくごしていたのですが、しょせん枯れ枝ですね。楽に持って帰れましたよ」
おじいさん「なんだ、そんなに楽だったのか?」
おばあさん「おじいさん、これくらいの仕事だったら、明日からもわたしが行きましょうか」
おじいさん「おれの男としてのプライドがくずれさってしまう」
おばあさん「ところで、おじいさん、今日一日家の仕事を交代するということになっていましたよね。ばんごはんの用意はできているのでしょうか?」
おじいさん「いや、あの、その、実は洗濯しているとちゅうに大きな桃を見つけて、岸まで運んだんだけど・・・あんまり大きくて、重すぎて持って帰ることができなかったんじゃ」
おばあさん「そんなに大きいのでしたら小さく切ってから運べばよいではございませんか」
※ そう言って、包丁とまな板を持って、すたすたと川へ向かう。
おじいさん「あーぁ、まいった、まいった。小さく切って運べば、運べるなんてこと考えつかなかったなあ。うちのばあさんは、よくあんなちえがうかぶもんだ。それに、大きな声では言えないけれど、実はわしは包丁がどこにあるかも知らなかったんじゃ」
※ そう言って、おばあさんの後についていく。



おばあさん「それにしても、大きな桃ですね。じゃぁ、切ってみましょう」
ナレーター そう言いながら包丁を入れると、中から、おぎゃあと元気な女の赤ちゃんが現れました。
※二人は思わず顔を見合わせる。
おじいさん「なんと不思議なことなんじゃ、桃から赤ちゃんが生まれるなんて」
おばあさん「この子はきっとわたしたちの子どもになるようにと生まれてきたのでしょう。おじいさん、わたしたちで育てることにしましょう」
おじいさん「これもなにかのめぐ」り合わせじゃろう。この子はわたしたちの子どもとして育てることにしよう」
ナレーター 二人はこの女の子を大事に育てていくことを決め、「桃から生まれた『桃子』。と名づけました。



※翌朝、おじいさんが山行く準備をして出かけようとしています。
おばあさん「待ってください。おじいさんは出かけるのですか?それじゃあ、この子は私一人で育てるのでしょうか」
おじいさん「一人ということではないが、主に女のお前が育てるのが当たり前だろう。」

おばあさん「どうしてですか」
おじいさん「どうしてって・・・子どもは女が産むものだし、女にはおっぱいがあるんだから・・・」
※そこまで言って、おじいさんは気づきました。桃子はおばあさんが産んだわけではないし、おちちだって出るわけがないのです。それでも、おじいさんはがんばって言いました。
おじいさん「すまん、言いまちがえた。でも・・・、うぉっほん、ばあさんや、おまえはこの子がかわいくないのか。女には子どもを見たときの母性愛っていうものがあるはずだろう」
おばあさん「それでは男のあなたはこの子がかわいいと感じないのですか」
おじいさん「いや、そんなことは・・・」
おばあさん「でしたら、男も女も変わりはないはずです。赤ちゃんがおなかがすいて泣いた時に、すぐに応えてくれる人がそばにいるかどうかが大事なのではないでしょうか。そして、 おなかがいっぱいになって笑顔を見せたら、顔をじっと見つめてにっこりわらってやる。そんなことで赤ちゃんにも安心感が生まれるんだと思います」
おじいさん「・・・・・・・・・」
おばあさん「それが、生みの親でなければならない理由はございませんでしょう。貴族の方々は、皆、子育て専門の人がいるじゃありませんか。おちちの代わりになるものがあれば男だってかまわないのではございませんか」
ナレーター こうして、二人は相談しながら力を合わせて桃子を育てていくことにしました。しば刈りは交代でやり、洗濯や炊事はその日その日で都合のつく方がすることにしました。長い間の暮らし方が急に変わったので、二人ともとまどうことがありましたが桃子の成長が二人の楽しみになりました。


ナレーター 桃子はおどろくほどの早さで大きくなっていきました。ところが、当時の女の子が好むような遊びには見向きもせずに、山に行っては木登りをしたり、木の棒をふりまわしたりして遊びました。

※桃子、サルたちを相手に棒を振り回して遊んでいる。
おじいさん「これこれ、お前は女の子なんだから、もっと女の子らしい遊びをしなさい」
おばあさん「『女らしい』とか『男らしい』とかは、だれが決めたものなのでしょう」
おじいさん「そんなことは昔から決まっている。常識だ」
おばあさん「でも、常識は世の中が変われば、変わるものではないでしょうか」
おじいさん「常識が変わることなんてあるわけないじゃないか」
おばあさん「あなたはこの前、桃子の帰りがおそくなった時、心配しておろおろしていましたね。そして桃子が帰って来た時は、なみだをうかべていたじゃありませんか」
おじいさん「それは、当たり前だ。ものすごく心配していたんだから」
おばあさん「でも、男はいつも堂々としているもので、男は泣くものではないということが今の常識ではないでしょうか」
桃子「はい、おじいさんの負け」
桃子「おじいちゃん、おばあちゃん、山の向こうにおにたちの村があるって知ってる?」
おじいさん「知ってるよ。あちこちの村がおそわれているそうだ」
おばあさん「男おにたちが村をしきっていて、女おにたちはひどいくらしをしてるって 聞きましたよ」
桃子「おにたちの村に行って、わるいおにをこらしめてやろうと思うんだけど」
おじいさん「だめ、だめ、あんなおそろしい所に、おまえをやれるもんか」
おばあさん「そうですよ。かわいいおまえにも」しものことがあったら、おじいさんもおばあさんも生きていけないよ」
桃子「だいじょうぶ。仲間もたくさんいるんだよ。おーいみんな集まれ!」
※ 犬・サル・キジたちがみんな集まる。
桃子「山で遊んでいるうちに、みんなと仲良くなったんだ」
犬・猿・キジ・・・「わたしたちがついています。まかせてください」
おばあさん「おじいさん、こうなったら、桃子を信じて応えんしてあげましょう」
おじいさん「よし、わかった。それなら、わしがキビ団子を作ってあげよう。この何年かの間で台所仕事も上手になったしな」
ナレーター こうして、桃子たちは鬼が島めざして出発しました。


ナレーター 鬼の村には、男鬼たちのための大きなお城が築かれていました。男鬼たちは毎日ここに集まって、よその村からうばったものの整理をしたり、次におそう村の計画をたてたりしているのです。その間、女鬼たちは島の中のそれぞれの家で、家事や育児のいっさいをまかせられていました。

女おに「あーぁ、毎日毎日子育てと、すいじやせんたくばかり。これじゃあ、なんのために生まれてきたのかわからないわね」

女おに「男はいいわねえ。わたしたちの作ったものを、当たり前のように食べるだけ」
女おに「そして、ごくろうさんとも言わないで、あとはグーグーねむるだけ、まったくいい気なもんだわ」
女おに「あの人たち、わたしたちがいなかったら、生きていけるのかしら。
女おに「自分のトラのパンツがどこにあるかも知らないに決まっているわ」

女おに「あーあ、世の中、変わってくれないかなあ」



桃子「こんにちは、おにさん。わたしは桃子といいます。このおにの村をよくするためにやってきました」

男おに「なんだ、たかが女の子じゃないか」

※キジやサル犬たちが桃子の後ろに立つ。

男おに「な、何だこいつらは。ただごとじゃないぞ」

男おに「たいへんだ、桃子という女の子が、すごい数の動物たちを引き連れてやってきてるぞ」

男おに「弱ったなあ、実はおれ、このごろのたたかい続きで体が参ってるんだ」

男おに「おまえもか、おれももう心底つかれてるんだ」

男おに「よし、とりあえず、門をかたくしめて閉じこもっておこう。そうすれば、あいつらもあきらめて帰るさ」

男おに「それはいい考えだ。体力も使わなくて住むし、時間かせぎに、のんびり城の中に閉じこもっておこう」
ナレーター こうして、男鬼たちが閉じこもって数日が経過しました。

男おに「おい、桃子たちはまだ帰らないようだぞ。あいつら、毎日うまそうなものをたべている。あーぁ、はらがへった」

男おに「子の何日かまともなものを食ってない。はらがへって死にそうだ」

男おに「おい、なんだかこの部屋くさいな」

男おに「おれたちのにおいだよ。もう何日も着替えてないいんだから。仕方がないさ」
男おに「においなんて、どうでもいい。それより、だれか、飯をつくれよ」
男おに「何を言ってるんだ。この村はせんたくも料理もみんな、女おにたちにまかせているんだから飯のしたくができるやつなんているわけないじゃないか」
男おに「それに、おれたちは城の中にとじこもっているんだぜ。もう、材料も何にもここにはないんだ」
男おに「もう、さいあく・・・」
ナレーター 男鬼たちは日がたつにつれ弱気になってきました。そのチャンスを待っていた桃子は城の中の男鬼たちと、各家庭を守っている女鬼たちに対して次のような提案をしました。
○男も女も、「男だから」「女だから」ということで区別されず男も女も大事にされる島作りを目指す。
○安心して子どもを産むことができ、男も女も子育てや家事・をしながら仕事が続けられるように、古いしきたりやおかしい仕組みをやめる。
○鬼と人間とが互いを尊重し、共に生きていくことができる世の中をつくる。


女おに「あれっ、桃子ちゃんが何だかいいことを言っているわ」
女おに「わたしたちの言いたかったこといってくれているみたい」
女おに「わたしはその意見に賛成、桃子ちゃんの味方になるわ」
ナレーター この提案は真っ先に女鬼たちからの大きな支持を得ました。彼女たちは歓声を上げて城に押し寄せます。子どももお年よりもいます。いつしか城の周りはいっぱいになりました。

男おに「おい、おい、何だか外の様子がへんだぞ」
男おに「女おにたちは、桃子の味方に」なったようだ」

男おに「おかしなことを、言いまわっている。男と女をどっちも大事にするだと、そんなとんでもないことがあるもんか」
男おに「そうだ、男のほうがえらいに決まっている」

男おに「そうかなあ、おれは桃子たちが言っていることがまちがっていると思わないけどな」

男おに「毎日毎日、たたかいばかり。おれはもうこんな生活はいやになってきた」

男おに「それに、料理やせんたくなんて覚えていたほうがいいし、実はおれもやってみたいと思っていたんだ」

男おに「おまえら、何を弱気になっているんだ。男としてのプライドはないのか?」

男おに「でも・・・」
ナレーター 城の中でも、今までのおかしさに気づき、心の中で桃子たちに拍手をおくる者が何人もいたのですが、「男鬼のプライド」がじゃまをして自分の思いを素直に表すことができませんでした。

桃子「みんな、今がチャンスよ。ここで生活を変えていかないと、ずっと世の中を変えていくことなんてできないんだよ。よーし、みんなうたをうたいましょう」

※サル・キジ・犬たちは大きな声で歌を歌う。たくさんのサルや犬やキジたちは、押し寄せた女鬼たちに歌を教えて回りました。

♪ 桃子さん 桃子さん おこしにつけたキビダンゴ
ひとつわたしにくださいな

あげましょう あげましょう
男女なかよくするために 
協力するならあげましょう
ナレーター 歌声がひびきわたります。城の中でこまっていた男鬼たちのまよいは頂点に達しました。

男おに「ちょっと、待ってくれ。おれは、桃子さんの考えに賛成するよ」

男おに「おれもだ」

男おに「おれも仲間に入れてくれ」

男おに「おれは、キビ団子が食べた−い」
ナレーター 男鬼たちは桃子のもとに集いました。
こうして、鬼が島は新しい時代に向けて第一歩をふみ出しました。



ナレーター それからまもなくして、桃子の姿は村のどこにも見えなくなりました。まるでかき消えたようにいなくなったのです。
おじいさん「桃子は、どこに行ってしまったのだろう」
おばばさん「わたしも、桃子がいないと力が入りません」
ナレーター おばあさんもおじいさんも涙を流してなげきました。そして、どんどん時はすぎていきました。
おばあさん「ねえ、おじいさん。桃子は、この世に何かを伝えるためにやってきたんじゃないでしょうなねえ」
おじいさん「わしも、そのことを思っていたんだ。桃子は、この世の中をよくするためにやってきたんだ。わしも、すっかり料理のうでが上がったしなぁ」
おばあさん「そうですね。鬼の村だけでなくこの近くの村は男も女も大事にする村になって生まれ変わっているし、桃子のおかげですよ」
おじいさん「そうだ、桃子はいつでもわしらのそばにいるんだ。元気をだそう」
おばあさん「ねえ、おじいさん。むかし桃子をひろいあげた川のほとりに桃の木をうえましょう」
おじいさん「おう、おう、それはいい考えじゃ」

ナレ−ター 二人は、かつて桃子を拾い上げた川のほとりに、一本の桃の木を植えました。木はどんどん大きくなっていき、三年を待たずして実をつけました。その中にひときわ大きな桃がありました。
ある日、桃は、ぽろりと枝からはなれて川に落ちると、そのままゆっくり川下へと流れていきました。




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