神戸女児ひき逃げ事件

〜 池田小事件の陰で 〜



『FINAL DISTANCE』という曲があります。
昨年の6月8日に起こった“池田小学校乱入殺傷事件”の被害者である亡くなった小学生に、宇多田ヒカルさんが贈ったという曲です。本当に痛ましい事件でした。公判中、全く反省の色を見せない宅間守は、極刑すら生ぬるい、許すべからざる重罪人といえるでしょう。 → 最近の関連記事

ところで、この事件の少し前...同じように小学生の女の子が犠牲になった事件があったことをご存知でしょうか。 その事件を知る人がこんなことを話しています。

「事件当時は大騒ぎになっていたけれどね。すぐに、あの“池田小学校の事件”が起こったでしょう。マスコミは全部そっちの方に行ってしまい、すーっと潮が引くようにいなくなってしまった。それっきりさ。ときどき、半年目とか1年目とかにくるけれど、もう前ほど騒いでいない。事件自体、すっかり忘れられてるみたいだ...。」

この方が話す通り「池田小学校事件」のインパクトが強すぎて、忘れられがちな事件です。
被害者の名前は「宮崎早紀」ちゃん。享年8歳でした。
昨年、6月3日、母と娘2人の3人暮らしだった宮崎さんの二女「早紀ちゃん」は、午後10時頃「お母さんを迎えに行く」と言って家を出ました。 その言葉通り、最寄り駅である神戸電鉄「唐櫃台駅」で母親を待つ早紀ちゃんが目撃されましたが、それを最後に行方が分からなくなりました。

そして、3日後の7日、「有野川」の川岸で遺体となって発見されました。
遺体の状況から早紀ちゃんは車にはねられた後、川に捨てられたとの可能性が高く、警察は轢き逃げと殺人の両面から捜査を進めました。
しかし、目撃情報や有力な手がかりはなく、事件から1年が経った現在も犯人は見つかっていません。


写真1 写真2
交番前の看板


→事件から半年後の新聞記事

この事件について、当時、早紀ちゃんが住んでいた団地の人に取材をしてみました。


写真3 写真4
                          早紀ちゃん


「早紀ちゃんは年齢の割には小さな子だったように覚えています。顔の割に大きなメガネをかけていて可愛い子でしたよ。近所でも可愛がられていました。キックボードでしたっけ? あれで遊んでいるのをよく見かけました。小さな体で“よいしょ、よいしょ”って言いながら、家の中から引っ張り出して、楽しそうにね。今、思い出すと切ないけれど。」

早紀ちゃんのお母さんは、この団地に住み始める前にお父さんと離婚なさったそうで、事件があった頃、お母さんとお姉さんとの3人暮らしでした。
ただ、ご近所の方の話によると「この団地に引っ越してきた当時、お母さんの彼氏らしい、男の方と一緒に暮らしていた」との話も聞かれました。

「そういえば、ここに引っ越してきて間もない頃、早紀ちゃんが、家の前で、わんわん泣いていたことがあったんです。そりゃ、もう、すごい大泣きで。“どうしたの?”と聞いたら“お母さんが荷物を取りに、どこかへ行っちゃった”と言って、また泣くんです。意味が分らなかったけれど“お父さんとお母さん、行っちゃたの?”と聞くと“ちがう!あれは、お父さんとちがう!”と更に泣きだして……。子供なりに、両親の離婚が悲しかったのかもしれませんね。」

お姉さんは当時中学生で、近所では“しっかり者”との評判でした。ただ...

「このお姉ちゃんあんまり“行儀良し”じゃなかったみたいですね。“不良”とまではいかないですけど、ちょっと遊び好きな感じの子で、学校を休むことも多かったみたい。」

というような噂もあったようです。

「姉妹仲が悪かったわけではないけれど、お姉ちゃんが遊び友達の男の子を家に呼んで、鍵をかけて、早紀ちゃんを家の中にいれなかったこともあったみたい。“お姉ちゃんが入れてくれない”といって、家の外で泣いている早紀ちゃんを見かけたこともあります。」

ちょっと複雑な家庭で、家族で一番小さな早紀ちゃんが割を食っていたのかもしれません。
けれど、特別“悪い”一家だったわけではなく、こんな風に話す方もいました。

「まあ、悪い評判は多いよ。でも、早紀ちゃんは明るくて、いい子だったし、私等には見えにくくても、いいお姉ちゃん、いいお母さんでもあったんだろうね……。そうそう、一度ね、洗濯物を干しているお母さんに向かって、早紀ちゃんが“おかあさーん!いっつもあたしらの、洗ってくれてありがとー!”って叫んでいるのを見かけたことがあるよ。お母さんも照れくさそうに“あっちにいっとき!”って言ってたっけ。」

事件当日(6月3日)のことを知る人に話を聞きました。
この日はこの団地で年に2回ある大掃除の日だったそうで、その時の早紀ちゃんの様子をこのように話しています。

「宮崎さんのお母さんは仕事をしていたので、こういった行事に参加せず、いつもお姉ちゃんと早紀ちゃんが参加していたんですが、その日、参加したのは早紀ちゃんだけでした。"あれ、早紀ちゃん一人?" と聞くと、"うん、お姉ちゃん、風邪ひいてるから、あたしがでました" って言ってました。で、あの小さな早紀ちゃんが、鎌を持とうとするから "そんなのもったら危ないよ。家の前だけ草を引いてなさい" と言ったら "うん" って返事して、草引きをやってましたよ。」

早紀ちゃんが最後に目撃されたのは神戸電鉄「唐櫃台駅」でした。
駅前でお母さんを待っている早紀ちゃんの姿を、最終電車から降りて帰宅しようとする人が多数目撃しています。

「“夜の10時に8歳の子が、一人で出て行く”というと、おかしく聞こえるかもしれないけれど、あのお宅では、そんなのしょっちゅうだったんですよ。毎晩お母さんを迎えに行ってたそうで、冬の寒い時でも、鼻水たらしながら、いつも待っていたんですって。駅から出てくる人ごみの前で、背伸びしてお母さんを探している様子をよく見かけたそうですよ。」

しかし、その日、早紀ちゃんはお母さんと会うことはできませんでした。

「あの日は、お母さんは職場を変わったばかりだったんだってさ。新しい職場は、通勤には電車を使わない所で、お母さんはそれを子供達に教えてなかったみたいなんだよ。早紀ちゃん、いつもと同じように迎えに行って、きっと、最終電車が行ってしまうまで待ってたんだね。」


写真5
唐櫃台駅


駅で早紀ちゃんを見かけた人の話を聞く事ができました。

「私、あの日、駅で早紀ちゃんを見かけたんです。夜の11時くらいだったでしょうか。"あれ?なにしてるの、一緒に帰ろう" と声をかけると "お母さんを待ってるの" と言ってたから……。あの時、強引にでも一緒に連れて帰っていればねえ……。」

「同じように、駅で早紀ちゃんを見かけた人がいて、時間が時間だったものだから、交番へ連れていたんだって。でも、運悪くお巡りさんが留守だったんだよ。で、その人は交番に早紀ちゃんを残して帰ったらしいんだけれど、こんな事になってしまって……。その人も“あのとき、もう少し気をつけていればなあ”ってずいぶん悔やんでたよ。」

結局、それが、皆が早紀ちゃんの姿を見た最後でした。
最終電車が行ってしまい、お母さんと会う事ができなかった早紀ちゃんが、その後、どこに行こうとして、どうなってしまったのか。未だに不明です。
行方不明になった早紀ちゃんは、警察や住民の捜索もむなしく、3日後、「有野川」の川岸で、打ち捨てられた遺体となって発見されることになります。

早紀ちゃんの遺体発見現場には、今でも花が供えれています。


写真6 写真7
遺体発見現場・橋の下


この花を供え続けている、早紀ちゃんのお父さんに話を伺いました。

――警察の初動がまずかったようにも感じるのですが?
「確かにそういった部分は見受けられます。しかし、捜査はがんばってくれているとのことなので、こちらとしてはそれを信用するしかありません。捜査の方はわれわれは素人だから、どこまで言っていいものか分りませんからね。」

――いまでも、時々、遺体の発見現場には行っているんですか?
「現場には、常に行っています。仕事の合間や、手の空いたときにね。掃除したり、花を取り替えたり。」

――事件から1年目ということで、何かコメントがありましたら。
「同じ時期に起こった“池田小学校殺人事件”の陰に隠れてしまっている事件ですが、これが風化してしまうのは寂しいです。せめて、犯人の逮捕まで、記憶に留めておいてほしいと思います。」

近所の住民の方が最後にこんなことを言っていました。

「早紀ちゃん、あんまり幸せじゃなかったのかもしれないね。親御さんが離婚して、知らない男の人が、いきなり“お父さん”になって、お姉ちゃんは、気ままに遊んでて、お母さんは深夜まで帰らなくて。それでも、お母さんを慕って、いつも夜遅くに、一人で駅まで迎えに行って、その日、お母さんは電車で帰ってはこないのに、それを知らないで、最終電車まで待ってさ。結局、お母さんには会えずに、一人ぼっちで歩いているところを、車にはねられてさ。それを、すぐに見つけてもらえるわけでもなく川に捨てられて、何日も流されてさ。そりゃあ、ないよね。だからね、あの小さな女の子は、犠牲だよ。家の、大人の、みんなのね。あんなちいさな女の子がかわいそうにね。」

【池田小学校乱入殺傷事件】は本当に陰惨な事件でした。
けれど、この事件の影に隠れて目立たなくなってしまった未だ解決していない殺人事件があったことを、一人ぼっちで消えていった小さな命があったことを、忘れてしまわないでほしいと思います。
宇多田ヒカルさんの『FINAL DISTANCE』を聞くときに、ほんの少しだけ「早紀ちゃん」のためにも祈ってくれる人がいてくれたら、幸いに思うのです。


写真8 写真9




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探偵タイムス



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