私は、翌日から過去にこのマンションで事件があったかどうか、徹底的に調べた。
 その結果、殺人事件や自殺は一件もないことがわかった。建ってからまだ三年。新築で入居した彼女に因縁があるはずない。とすると、彼女自身か、依頼者か・・・・・。
 次に、二人の追跡調査をしたが、因縁めいた話はまったく聞かれなかった。
 そうなると問題は、マンションが建つ土地の歴史しかない。私はそれをくわしく洗った。
 すると、およそ百五十年まえまで、この辺りに神社仏閣が何十と集中しており、そのほとんどが安政の大火で消失していたことがわかった。
 しかも昔、このマンションの立地には『阿鬼社』というやしろがあり、『ヒダルシコメ』を御神体として祀っていたというのである。
 ヒダルシコメは赤般若(はんにゃ)の化身で、絶世の美女に化け、他の女に恋する男を美貌で惑わせる伝説の悪鬼だ。男が気も狂わんばかりに夢中になり追ってくると、シコメに戻り、ひどく落胆させてからその魂を食らうという・・・・・・。
 大火によって社が御神体もろとも焼消失してしまってからは、誰に祀られることもなく、この世から忘れられていたらしい。その悲しみが、今回の事件を起こしたのかもしれない。
 古い土地の因縁は、さまざまな禍をもたらすと聞く。


 ベランダで見た彼女は、彼女に化けたヒダルシコメなのか。それとも、ヒダルシコメに取り殺されようとしている彼女の亡霊なのか。
 私が見た依頼者の生き霊は、ヒダルシコメに呼び出されたのではないだろうか。そして彼は、少しずつ悪霊の餌食にされていく。彼女とラブホテルにはいった上司も、同じ運命をたどるのかもしれない。


 私は彼女を一目見るなり、ハッとするような恋心を抱き、怖い体験をしながらも彼女を見守ろうとしていた。もし正体をつかんでいなかったら、同じように魂を抜かれていたかもしれない。
 やはり、私を襲った二つの影は、ヒダルシコメに操られた彼らの生き霊に違いない。


 滝口玲奈の妖艶な雰囲気、息を飲む美しさ。それらはすべて、ヒダルシコメが彼女の体をかりてしかけたワナだったのだろう。