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鎖塚
宜〇愛子も訪れたという、北見最大のスポット。 国道39号線緋牛内周辺にこの碑はある。 明治24年に北見、石狩間の道路の完成を命じられ、囚人1000人を動員し5月に着工、12月に完成したという歴史がある。この工事は日本の国道建設史上最大の過酷さで有名で、動員1000人中約400人の囚人が亡くなり、この塚はその時死亡した囚人の墓で、彼らを繋いでいた鎖がその墓の上にそのまま残されてあった為、誰とも無く「くさりづか」と呼ばれるようになったそうである。 調査により、今年の8月にこの場所で事故があったと判明。不思議な事故でRV車がスピンして塚の花壇にバックで突っ込んだというもの。
この事故の不思議は、場所の写真を見てれば判るが、スピンする要因、回避するような障害物は一切ないというところにある。その事故により管理側はこの場所に電灯を建てることにした。しかし関係者の間で霊の仕業では?と噂が立つ。この碑、一説では逃亡者の墓とも言われている。当時、逃亡は斬殺となっていたからである。その説が正しいとすると、官憲に追い詰められ殺害された無念さも相当なものだったはず。 霊が「出る」場所にはたいていこの様な悲しい歴史がある。
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