●更新日 02/19●

チロの奇蹟


これは私の元に送られた、篠原さん(25歳・仮名)からの投稿です。


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チロが死んだ。
チロが我が家に来たのは俺が小学校低学年の頃。それから17年も一緒に過ごしてきた。
最初は豆柴と言えるくらい小さかったチロも、どんどん大きくなって行ったが、最後の一年はヨボヨボで殆ど歩けていなかった。
糞便もほぼ垂れ流し。


だけど、俺含めて父親も母親も妹もみんな進んで世話をした。家族だったから。
そのチロが一週間前に旅立った。老衰。大往生だったと思う。


母親と妹は号泣し、父親は「これだけ生きたんだ。満足だったろう」と優しい顔だった。
俺は・・・涙は出なかった。
何故だろう。物凄く泣きたい。心に空洞が出来てしまったような喪失感。
だけど泣けない。人は極度に打ちひしがれると涙なんて出ないのかもしれない。

3日目も4日目も、自分の部屋を出たらチロがいるんじゃないか。そんな気持ちがあった。
だが、当たり前だけどチロはいない。


妹はチロが死んだ日から学校に行かなくなった。俺も会社に行っていない。
親は何も言わなかった。
俺ら兄妹にとって、もう一人の弟だったんだ。そういう気持ちを両親は汲んでくれていたのだと思う。

一週間。さすがに有給が限界だ。
フラフラした足取りで支度し、会社に行くことにした。その姿はまるで幽鬼のようだったろうか。
だらだらと通勤途中を歩いて行く。景色に色がない。全てがモノクロ。



フラフラそのまま歩いていると、

「ワン!」


「チロ!!」


それは一週間前まで聞きなれていた声。いや、こんな元気な声は数年ぶりか。
間違いなくチロの声だった。声の方向に振り返ってみると、そこには元気なチロの姿が。


西垣葵

「チロ!どうして、お前!」
「ワン、ワン!」

何でチロがいるのかは解らなかったが、とにかくチロの方向に行かないと。また会えた。また逢えた!!
会社なんてどうでもいい。駅までの通勤路から外れ、チロのいる脇道に行こうと歩き出した、、


ガシャン!!!


「きゃぁぁ!」
「事故だ!」


事故? 振り返ってみると、さっきまで俺がいた交差点に乗用車が玉突きに突っ込んできていた。

西垣葵


よかった。あの場所にいたら巻き込まれていた。

巻き込まれ・・・?
ふと、チロの方を見てみると、スーっとチロが消えて行こうとしていた。



「チロ・・・」


涙が出た。止まらなかった。
チロが死んで以来、初めての涙。すまない、死んでからも心配かけて・・・
俺がこんな情けない姿じゃ、安心してチロが旅立てないじゃないか。逢えるさ、きっとまたどこかで逢える。


家に戻って、妹にこの話をしよう。大丈夫、解ってくれる。くれなきゃ、解るまで話す。
家の方向に歩き出した時、視界に色が戻った気がした―――

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紀元前よりも遥か昔から、犬は人間と歩んで来ました。
家族、仲間。色々な言い方が出来ますが、共に過ごした時間は種族の壁すらも越えてこのような現象さえも引き起こす。
それを、人は古から奇蹟と呼んでいたのかもしれません。



西垣 葵 西垣葵


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