H刑事に小声で「下に降りています」と伝え、階段を駆け下りた。
 私は探偵(一般人)だから、彼の同僚がくるまえに現場から離れておかないと
迷惑がかかる。それに、一刻も早く、エレベーターホールから玄関へと続く
血の行方を知りたかった。
 したたる血は、歩道へと続き、車道でピタリと消えている。犯人は車に死体を積んで
逃走したらしい。

 H刑事が初老の男性といっしょにマンションから出て来た。目撃者だ。
 彼の話によると、ギャーッという悲鳴が聞こえたので自室のドアの覗き穴から見たところ、
ガイシャの部屋のドアの前に女性が立っていた。異様なくらい髪の長い女だ。
しばらくすると、若い男が、何やら大きな袋をひきずって出てきた。
 不審に思った彼は、アベックがエレベーターに乗ったのを見て、階段で下に降り、
車にその袋を積むところやナンバープレートをしっかり記憶したという。
 はじめは怨恨による殺人事件かと思ったが、殺り方がずさんすぎる。人に出くわす
可能性の高いエレベーターで死体を運ぶというのは、目撃されることすら恐れていない
ことを意味している。
 私はH刑事に聞いた。
「手配は?」
「しないよ。この手のホシ(犯人)は、下手に手配して追い詰めると、興奮して
また殺しをやるかもしれない。先に身元を割り出して迎え(逮捕)に行くよ。たぶん、
精神異常者の犯行だろう。逃げも隠れもしていないはずだ。」
 彼は同僚の刑事三人とともに、ナンバープレートから割り出した犯人・間田英雄(仮名)
宅に向かった。
 私も、そのあとをついていく。
 犯人の家は千葉県八街町にあった。ごく普通の建売住宅だ。
 カーポートに白いマークU。バンパーに血のりがついている。
 刑事がチャイムを鳴らすと、三十歳前後の男が目をこすりながら出て来た。