●更新日 03/18●


イルカ映画「ザ・コーヴ」監督の最大の矛盾とは何か


イルカ漁の現場を隠し撮りした映画「ザ・コーヴ」について、生命倫理の研究者に電話取材した。その概略を、以下に記す。

イルカ漁は残虐だというルイ・シホヨス監督に対して、「牛や豚は問題ないのか」との批判が以前から相次いでいた。すると、監督はFNNのインタビューで持論を展開。種差別主義であることを否定し、「牛かイルカかという問題じゃないんです。イルカは高い知能を持っている生き物なんだ」と答えた。



アウシュビッツでの虐殺と比較して、日本のイルカ漁は「私は同じ程度の人類に対する犯罪行為であると考えている」と、サイゾーのインタビューで監督は発言した。一方、「86年に屠殺場を見た経験から牛や豚を食べられなくなった。妻や子どもには食べるなとは言わないし、日本人にもそれを要求しない」という。


「家畜は、殺されて食べられるためだけに劣悪な環境で管理・飼育され、残虐に殺されて短い生命を終える」との非難が、欧米を中心に動物愛護団体等から多くなされてきた。年間を通じて膨大な数が各地で屠殺されている家畜については、監督は自身の信念を他人に強制しない。それならば、遥かに少ない頭数が殺されるイルカ漁に関して、なぜ私見を他人に押し付けることを正当化できるのか。

監督は、牛とイルカを種の違いという理由で区別することは拒んでいた。そうであるならば、家畜の飼育環境や屠殺については沈黙し、その「害悪」を全世界に向けて発信しないのは、なぜだろうか。これらの質問に対して監督は、「イルカは知能が高いから」と再び主張するだろう。

高い知能の動物が保護されるべき理由は、一体何なのか。知能が高いという「事実」のみから、その動物を「守るべき」という「道徳」を導出することはできない。だから、「守るべき」というのは、当人の信念以上のものにはならない。そこで、知能の高さ以外の理由に訴えるならば、今度は知能の高さを根拠とした主張そのものが崩壊する。

以上の取材結果について、最後に私見を記す。狭い環境に閉じ込められて死を待つ家畜の姿こそ、まさにアウシュビッツの収容所に囚われた人々に重なるのではないか。私自身は家畜産業を全面否定するわけではないが、監督がそのように考えない理由を問いたい。名曲「ドナドナ」は、「劣等民族」としてナチスに強制収容され虐殺された過去を持つ、ユダヤ人の悲惨な境遇を、出荷されていく牛の姿に重ねたものであるという。





探偵T



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