元ジャニーズJrの告白
〜 消され続けてきた悲痛な訴え 〜


数年前。私Nがまだ芸能ライターとして駆け出しのころであった。「昔ジャニーズのレッスン生だった」という青年Aと知り合いになった。 最初からジャニーズ云々を知っていたわけではなく、知り合って数ヶ月たった頃、何らかのきっかけでジャニーズのタレントの話になり、Aは特に自慢する風でもなく「あ、実はその人と知り合いで、先日一緒に飲んでた」と言う。
Aの知人だというジャニーズタレントは、数年前から今までずっと人気トップの座を守りつづけているあのグループ『S』の一員である。仰天して、「ええっ!! なんでまた彼と知り合いなの?」と尋ねると、Aはその昔ジャニーズのレッスン生で、兄貴肌の彼は、結構同じレッスン生たちに慕われていたという。その当時から結構いろいろな人の面倒を見ており、彼がデビューしてトップアイドルとなってもたまに一緒に飲んだりするのだということだった。


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N:「でも、スケジュールがいっぱいで、ホントたまのたまにしかそういう機会はないんだけどね・・・」

と彼は言った。
いろいろジャニーズの頃について話を聞いていくと、特に嫌がるわけでもなく過去を語ってくれた。彼がジャニーズのレッスン生を辞めた理由はズバリ

「セクハラされそうになったから」

だった。どうしても耐えることが出来なかったという。



前回の記事で、書こうかどうか迷ったところであるが、ここは意を決して彼から聞いた話を伝えようと思う。


N:「ジャニーさんは、同性愛嗜好であるというのはカミングアウトしてるけど"商品には手は付けません"ときっぱりと言ってるってなんかの本(唐沢俊一かなんかだったと思う)にちょこっと書いてあったと思うんだけど」
A:「そんなのガセ。ジャニーさんに呼ばれて××されて、なんだかんだで結構警察に駆け込んだりしてんだよ。でも、ダメなんだよ。警察の上層部の方で、ジャニーさんと話がついてるのかなんなのか…」

彼によれば、警察が"事件"として扱わないので、どれだけ被害を訴えても表沙汰になることはないのだという。

N:「確かに、10年ぐらい前に北公次が『光GENJIへ』とかいう一連の暴露本を書いてベストセラーにランクインしたけど、ホントにワイドショーとかは 黙殺してたよね。なんかジャニーズのマスコミへの影響力の強さをまざまざと見せつけられるような状況だったというか・・・」

A:「ジャニーさんに××されないと、デビューできないんだよ。」


Aは、冗談なのか本気なのか分からないような表情でそう言った。

N:「えー? じゃあ今デビューしている人たちはみんなそうなの? まさかあ・・・。」

Aはそれ以上、そのことについて語ることはなかった。


私はかなり半信半疑だった。いくらなんでも、そういうことがあって子供に被害を訴えたら、騒ぎにならないはずがないと。そして「警察」というものは厳然たる正義の組織で、そういう子供の訴えを放っておくはずがない、と。まだインターネットはそれほど普及していない頃、言ってみれば私は「性善説」で物を考えていたのかもしれない。

そして、Aとそんな話をして一年も経たない1999年の10月から、週刊文春で「芸能界のモンスター追及」という記事が掲載された。そして、先日、「セクハラは事実」と高等裁判所が認定するに到る・・・。

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▲グループ・嵐やタッキー&翼が結成される前のジュニア集合写真。

警察に関しても、今となっては以前の考え方とはかなり異なった印象を持つようになった。ある意味悲しいことだとは思うが、赤坂で発砲を受けた某芸能事務所や"稲垣メンバー"等への対応の仕方など、いろいろと不可解(?)な事案を見るにつけ、やはり"何か"が存在するのであろう。
その話をしていた時点で、年は三十に差し掛かっていたAだが、茶目っ気もあったのか一度綺麗なバック転を見せてくれたこともある。少年隊とか光ゲンジとかの一昔前のジャニーズは、バック転やトンボ返りをよくやっていた。彼もレッスンを受けて一生懸命そういった訓練をしていたのだろうか。もうAとは2年ほど会っていない。



芸能人を交えたとある懇談会で、某女性芸能人が言った言葉が思い出される。


「芸能界―――テレビや映画、音楽とか、歌舞伎や能楽とかいった伝統芸能の世界とかにしても、一見、華やか・煌びやかに見えるような世界こそ、裏側、内面は汚く、醜くてドロドロしたものなのよ。」


願わくば、少しでもその闇が浄化されますように…。





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