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〜迷宮入りか? 謎の一家四人惨殺事件〜 20世紀も残りわずかとなった2000年12月30日。日本を震撼させる残忍な事件が起こった。 世に言う“世田谷一家殺人事件”である。犯人は数多くの遺留品を残し、早期解決が期待されていたものの、予想に反して時を刻むごとに謎は深まるばかりだった。バレリーナの夢をはかなく散らせた長女、れいなちゃん。小学校にあがることを楽しみにしていた人気者の礼君。いたいけな幼児にまで、ためらいもなく手を掛けた犯人をわれわれは恨まずにはいられない。犯人は、事件後1年半たった今も、この世界のどこかで、この地球の空気を吸い、人生を謳歌している。幸せな家庭を崩壊させ、罪のない人々に突然の死を強要した極悪を野放しにしておいていいはずがない。 ネットをごらんのみなさん、四人の家族の無念をはらすためにも、犯人逮捕に向け力を合わせようではないか。
現場となった世田谷区上祖師谷の自宅は90年5月、宮沢さん夫婦が泰子さんの母親や姉夫婦と共同で約1億5千万で購入した中古住宅。多摩川の支流・仙川(幅約10メートル)沿いで、都立祖師谷公園に囲まれている。公園の拡張整備が1991年から本格化し、20軒あった近所の家は、次々と移転。宮沢さん方も、公園の拡張計画区域に入っているため、周囲は立ち退き後の空き地が点在し、一家も小学校の近くに引っ越す予定だった。東隣のアパートも昨年夏に取り壊され、宮沢さん方のほかには、2軒があるだけで夜間は周囲が真っ暗になる。 購入時は平屋だったが、その後、約2700万円かけて3階建てに増改築した。壁一つ隔てた隣家には当初、泰子さんの母親と姉夫婦と長男の計四人が同居していたが、姉一家が1992年1月、事業のため英国に移住。その後は英国と日本を行ったり来たりし、留守宅には母親が一人で暮らしていた。2000年4月、姉一家は長男が中学に入るのを機に、夫だけ残して8年ぶりに帰国。夫も事件の1週間前の12月24日に一時帰国し、事件当夜は一家が揃っていた。 注連縄の用意も整った2000年12月30日23時30分頃。惨劇の幕はあがった。 暗がりに「ドスン」という音 犯人は、改造錠解器具がついた特殊なスイスアーミーナイフ(万能ナイフの一種)をつかって玄関のドアの鍵を開け、そして、ドアのチェーンまで叩き切って侵入。そのまま2階の子供部屋に向かい、長男礼君の首を締め窒息死させる。礼君は、強く押しつけられたため、鼻から多少の出血はあったが、手にけがをしていたとみられる犯人の血痕が礼君に付いていなかったことから、最初に礼君が殺害された可能性が高い。 犯行当時は家族の中では「みきお」さんだけが起きていた。着衣はシャツにズボンの普段着でパソコンやビデオ鑑賞などをしていたとみられる。 礼君を絞殺した犯人は、続いて、「みきお」さんと2階階段付近で遭遇。 「みきお」さんの腕には犯人と争った際にできたものとみられる切り傷があった。そして、柳刃包丁で、首(のど)や顔、頭そして足やでん部などを十数カ所切られていた。 「みきお」さんの血痕は2階居間にはなく、2階階段付近に集中し、階段の上から下に続いており、1階の階段下でうつぶせ状態で倒れていた。 刺された後、階段から転げ落ちたとみられる。 死因は失血死。 (警視庁は、発生時刻を23時30分頃と推定している。近隣住民が、同時刻頃に、宮沢みきお宅方向より「ドスン」という物の落ちるような音を聞いたと証言しているためだ。泰子さんの母親が事件を発見したのは31日午前10時55分ごろ。犯人は、室内の物色などで現場に長時間いたとされているが、発見の数十分前ま滞在時間は実に半日にも及んだ) 子をかばう母をメッタ刺し みきおさん殺害後、犯人は階段を登って中2階に行き、さらに梯子段を登って屋根裏部屋に行く。ここには妻・泰子さん(41)と長女にいなちゃん(8)が寝ていた。犯人は泰子さんの喉を掻き切り、さらに顔面その他をメッタ刺し。首の後部にも、執拗に傷つけられ原型を止めないほどの攻撃が加えられており、下腹部には包丁を柄の部分まで深々と突き刺し、刃が内臓や動脈を著しく損傷しこれが致命傷となった。 泰子さんと「にいな」ちゃんは、もともと台所にあった文化包丁で主に首や顔を上から切りつけられている。 泰子さんと「にいな」ちゃんが倒れていたのは階段を上がりきった踊り場。血まみれで倒れていた泰子さんは、「にいな」ちゃんをかばうようにしていたという。泰子さんと「にいな」ちゃんが寝ていた屋根裏部屋に敷かれた布団に血だまりがあったことから、寝込みを襲われたとみられる。 泰子さんとにいなちゃんは、顔や首など十数か所を刺されたための失血死。 明け方までパソコンでインターネット 宮澤さん宅は、1、2階がくまなく荒らされ、2階にある浴室には、湯を張った浴槽の中に、大量の書類や札の入っていない複数の財布が浮いていたことが分かっている。特捜本部では、犯人が家中で物色したものを浴室に運び込み、ここで金目のものなどを選別したうえで、不要なものを湯船に投げ捨てたとみている。犯人のものとみられる血痕は壁についた両手の跡以外には見つからないことも判明。犯人が台所で手を洗った形跡もあることから、特捜本部では、宮沢さん一家を殺害した後、タオルなどで止血したうえで、浴室で物色をしていたとみている(犯人の血液型はA型と判明)。着ていたトレーナーを脱ぎ捨て、クローゼットにあった「みきお」さんの洋服に着替えた形跡もあった。 その後、冷蔵庫から2リットル入りペットボトルのお茶を一気に飲み干し、メロンを齧り、冷凍庫からアイスクリーム3個を取り出してこれを平らげる。これらの空きボトルや食べ残しの皮、空き箱等を床に投げ捨てる。 事件発覚当時、みきおさんのパソコンの電源プラグは抜け落ちていたが、殺害から半日近くたった31日午前10時過ぎまで、数回にわたってインターネットに接続した記録が残っていた。特捜本部は当初、このパソコンに組み込まれていたインターネットの「自動巡回ソフト」が、「みきお」さんの指定により、接続されたものとみていた。 しかし、専門家による詳しい解析の結果、このソフトではホームページの最初のページだけにしか自動接続されないのに、さらに先のページまで進んでいた形跡が確認された。パソコンのマウスからも宮沢さん一家とは別の人物が触れたような形跡が見つかった。また、実験で電源プラグも人為的な力で引き抜かれていた可能性が高まり、特捜本部は、犯人がパソコンを操作していたと断定した。 犯人が見ていたとされるホームページは、「みきお」さんが登録した勤務先や劇団関係(劇団四季)であった。劇団四季のアドレス自体は、演劇に関心が高い「みきお」さんが予めパソコンに登録していたようで、通信記録を解析した結果、パソコンで劇団四季の舞台のチケットを予約しようとして失敗していたことが分かったのだ。 接続先には芸術団体や「みきお」さんの会社のサイトが含まれていた。 「みきお」さんのパソコンを使って、なぜか犯人はある大学の化学研究室のホームページや科学技術庁の科学技術振興のホームページなど、専門性の高いものにいくつかアクセスしていた。その中には、難解な学術論文のサイトも含まれていた。 翌朝、隣家に住む泰子さんの母親が、朝からいくら電話しても通じないことを不審に思い、みきおさん宅を訪ね、倒れているみきおさんを発見、事件が発覚した。鍵はかけられたままになっていたため、警察が調べたところ、玄関のカギは2個ついていて、犯人は2個ともカギをかけていた。 玄関からとされていた逃走経路についても、2階浴室の窓からとの見方が強まっている。 31日の遺体発見時には2階浴室の小窓が開いていて、外には小窓にはめ込まれているはずの網戸が落ちていた。窓の外側には公園の木の枝が張り出しており、この窓の網戸は、北側に隣接する公園内に落ちていたが、窓の目の前にある高さ約4メートルの木には、枝がこすれて折れた跡があった。木のそばからは、大きめの足跡も見つかっており、室内に残された犯人が履いていた28センチのテニスシューズの足跡とよく似ているという。家の壁とフェンスの間の幅90センチの空間に、実はテニスシューズと見られる靴跡が残っていたことが判明。実行犯は玄関を出てから前の道路を行かず、家の裏側に移動。フェンスを抜けて公園に出て、公園内を横切って逃げた可能性が高くなってきた。警察はログの解析結果などから、事件発覚直前に逃走していたものとみている。 |
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