●更新日 09/05●
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『モンスター!』精神科医ヤブ





モンスター・ペイシェント(患者)という言葉が定着した日本の医療界。当院でもモンスターを見かけることがある。今回はそんなモンスターを2例、紹介したい。




モンスター1 Nさん 40代 女性


Nさんの20歳になる娘は脳性麻痺と知的障害があり、小さな頃から喘息を患っていて、喘息の治療のために小児科に通い続けている。ある日、娘の診察が終わり会計を済ませた後、事務員が、

「おだいじに」

そう言ってニッコリ笑った。それがNさんの気に障った。


「あんた! 今笑ったでしょ!! 笑ってないだと? いいや笑った。私は見たよ! 私の娘が病気なのがそんなにおかしいか!! 謝れ!! 謝れぇぇっ!!」


当惑した事務員は事務長に連絡を入れたが、事務長はなぜかすぐさま精神科医である私に対応を依頼してきた。精神科医って、苦情処理係じゃないのになぁ……、とボヤきつつ私は現場へ向かった。


顔を引きつらせてカウンターに身を乗り出しているNさんにゆっくり近づき、そっと隣に立った。

「お母さん、ちょっと良いですか?」


Nさんは白衣姿の私を見ると「あぁ先生」と言って表情を緩めた。

「この病院の医師でヤブと言います。事情はお聞きしました。お気持ちは充分に察せられます。大切な娘さんのために一生懸命になさっている姿には頭が下がる思いです。ただ、おだいじに、と笑顔で声をかけるのは当院の方針でもあるのです。対応した事務職員に悪意がないことは御理解ください」

実際にはそんな明確な方針などないのだが、接客業の暗黙のルールということで良かろう。それに、いつも「おだいじに」と笑顔で声をかけて問題にはなっていない。この日は単にNさんの虫の居所が悪かったのだろう。


Nさんの怒りが和らいだところで、私はさっさと診察室に引き返した。こういうところに長居は無用である。




モンスター2 Tさん 40代 男性


Tさんは生活保護を受給している精神科患者である。私が引き継いだ時点での診断は「うつ病」であるが、すでに回復していると言って差し支えない。仕事をする気はまったくなく、自由気ままな生活をしている。


そんなTさん、ある日の診察室で、生活保護の福祉担当者に対する怒りをぶちまけ始めた。

「この前、福祉の担当者が替わったことを知らせる通知が来たんですよ。まったく」

世話になったお礼を言えなかったのが残念なのかと思ったら、まったく違っていた。その真逆だった。



「直接会いに来て、『担当が替わります。今までありがとうございました』とか、『お世話になりました』とか、そうやって挨拶するのが当然でしょう!!」

返す言葉のない私にTさんは続けた。

「だから頭に来て、市役所に電話しましたよ。その担当の若い奴に説教してやったら、そいつがなんて言ったと思いますか? 『仰っている意味がよく分かりません』ですよ。ったく、最近の若い連中ってのは礼儀ってもんを分かってない、人情がないというか。だいたい紙切れ一枚で」

いかにもモンスターな発想ではあるが、病院を攻撃してくるわけではないので、延々と続くTさんの愚痴は右から左へ聞き流した。


モンスターに、常識なんて通用しないのだ。



ヤブ ヤブ


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