●更新日 07/01●
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『焼身自殺なんて、やめておけ!』精神科医ヤブ





新宿駅前で男性が焼身自殺を図った。全身の熱傷の広さと深さ、それから気道熱傷の有無によって、救命できるかどうかが大きく違ってくるのは一般知識で知っている人も多いだろう。しかし、そこから先、病院でどんな感じになるかはあまり知られていないはずだ。過去にみた症例を参考にしてお教えしよう。



ある日の昼過ぎ、焼身自殺を図った人が運ばれてくるという報せが入ってきた。40代の男性で、先祖代々の墓の前で灯油かガソリンをかぶって焼身自殺を図ったらしい。見つけた人がすぐに通報したようだ。第一報を受けた救急医は、ボソリとこう呟いた。

「うーん、むずかしいだろうな……」



救急車の到着を待つ間に、私たちは白衣を脱いで長靴にはきかえ、魚屋のようなエプロンを身につけた。到着した救急車から、ガソリンと肉の焼けるにおいをプンプンさせた黒焦げの男性が運び出された。全身が赤黒く焼けた男性は、顔面もかなり燃えており、頭には髪が少し残っている程度で睫毛はなくなっている。それほどの熱傷でありながら、意識はわりとしっかりしており、名前を問うと、うめくように「日野です」(仮名)と答えた。



救急室に直接には入れず、その前室でストップ。何をするのかというと……、

日野さんの体にホースで水をバシャバシャとかけながら、焼け残った衣服を剥ぎ取り、死んでしまった皮膚をこそぎ落とすのだ。この間、日野さんから痛みの訴えはほとんどなかった。というのも、熱傷が深くなると痛みを感じる神経も焼け焦げてしまい、痛みさえ感じなくなるからだ。



「皮膚は最大の臓器」とも言われる。その臓器としての皮膚の大切な役割の一つが、「体の中の水分を外に逃がさない」ということである。その皮膚が全身破壊された場合どうなるか。


体内の水が驚くべき速さで蒸発していく。


水と一緒に体温も奪われる。だから、ワセリン軟膏とシリコンガーゼを貼り付け厚めのガーゼで覆って保温・保湿をする。温めた点滴をどんどん入れる。それでも水分は失われていく。



ICUの中でも個室に入れられた。その最大の理由は、焦げ臭いから、である。他の患者や家族に悪影響が出るレベルなのだ。個室では窓を最大限に開け、大型扇風機で空気を外に逃がした。



ここで、救急医が日野さんの全身を診て出した結論は、救命確率ほぼゼロ。



日野さんの希望で、つい最近離婚したばかりという日野さんの元妻が呼ばれた。到着した彼女は救急医からの状況説明にかなりショックを受け、「なんで……、なんで……」と繰り返すばかりだったが、救急医から救命できる可能性がゼロに近いと告げられたことで、逆に腹が据わったようだった。彼女は病室に入るなり大声で、

「あんた! なにやってんの!!」

そう言って、半泣き半笑いで椅子に腰かけた。そんな元妻を見ながら、日野さんは睫毛のない目に涙をにじませて、かすれた声でポツリと言った。

「死にたくないよぅ……」

それからたった数時間後、元妻に見守られながら日野さんは亡くなった。




焼身自殺は、死ぬまでの「後悔する時間」が想像以上に長いのだ。

そんな自殺、やめておくに限る。



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