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●更新日 06/14●







癌治療のために子宮と卵巣を摘出しても子供がつくれるか?





ニュースによれば、AV女優の麻美ゆまさん(26歳)が癌のために子宮と卵巣を摘出されました。まずは、彼女の場合、「キャンサー・サバイバー」(癌との闘いから生還できた人々)となられることを祈ります。
さて、彼女が治療の甲斐あって「キャンサー・サバイバー」となり、パートナーとの間に「子供が欲しい」となった場合、子供をつくれるのか?!
最先端医学研究に携わる者として、その可能性を考えます。
まっ、わが国の多くのギネ(産婦人科)の先生方は「患者に不要な希望を持たせるんじゃねえ!」って言われるかもね。

でも、これから述べる「可能性」を知っておくのは全く無駄では無いと思います。全ての女性にとって。本稿では、彼女の卵巣組織あるいは卵子が癌治療前から冷却保存されていたならばという「仮想ケース」を検討しましょう。
この場合、癌治療後に彼女自身の冷却保存されていた卵巣の組織移植や凍結卵子、そして他の女性から提供された子宮の移植によって「希望のかけら」を残すこと(=妊娠能力の温存)は可能です。
ただし様々な条件があります。

まず、癌治療後の卵巣組織移植ですが、子宮が残されている場合ならば海外で妊娠・出産の成功例があります。ただ、移植される卵巣組織に癌細胞が混ざっていないことが必要だし、抗癌剤治療や放射線療法がなされる前でなければなりません。
しかし今回のケースでは「子宮が無い」ので上記の医療機関でも断られます。

それでは彼女の卵子が凍結保存されていた場合は?
この場合、パートナーの精子を用いての体外受精までは可能です。
ただし、妊娠・出産できる確率はNHKの最近の調査によれば6%です。また、今回のケースでは受精卵を得れても、それを戻せる子宮がありません。
今までなら、ここでジ・エンドでした。
しかし、子宮移植技術は既にヒトで確立しています。現在、これを行える医療機関はトルコのアクデニズ大学病院とスウエーデンのヨーテボリ大学病院です。
なお、東大と慶応大の合同チーム(私も研究メンバーの1人でした)もカニクイザルで子宮移植後妊娠・出産を成功させました。しかし日本ではヒトにまで進めることができません。

「子宮移植、いつやるか?、今でしょ!」。しかし、様々な懸念事項があります。
「子宮移植」ですが、現時点では「キャンサー・サバイバー」の方々は対象外です。今、臨床研究が進められているのは「ロキタンスキー症候群」の患者さんのみです。

「ロキタンスキー症候群」って何?
だいたいの女性では中学1年生ないし2年生くらいで「初潮」を経験されます。でも、経験しない子がいます。学校のクラスの他の女子は、み〜んな「経験済み」
場合によっては「その先」まで済ませてるのに。

「どうして?、先生」ということで、エコー検査したりします。
すると・・・あるはずの子宮が無い!当人にとってはショックな話です。
これが「ロキタンスキー症候群」であり、統計では5000人に1人の確率で発見されます。
私・・・子供産めないの?そう、そのままでは。

しかし「代理母」に妊娠・出産してもらうという選択肢が、あります。
要は、夫婦間で体外受精して受精卵を得、それを他人の子宮に「移植」する、いわば「借り腹」ですね。ただ、実際に「自分の腹を痛めない」ので母親側からすれば「母性」が沸きにくく悩む方もおられます。なので、安全に子宮移植が可能ならば是非という方も多いのです。

子宮移植を受ける場合、子宮は他人から貰わねばなりません。
一般的には、他の臓器移植のように「脳死の女性患者」から譲り受けることになります。
あるいは、患者さんの母親、あるいはお姉さんで「もう、私、子供は産まないからあげるわ!」となった場合、彼らから譲り受けるケースもあります。ちなみに臨床上、移植子宮は70歳くらいまでは、どうにか機能を保持できます。

さらに、「性同一障害」の女性患者さん(FTM)・・・体は完璧に女性なのに男になりたい患者さん・・・が性転換手術を受ける際に譲り受けれる可能性もあります。
彼女たちからすれば、子宮や卵巣や乳房は不要ですから、それらの臓器は手術後には廃棄処分されます。その「廃棄予定」の子宮を貰うわけですね。
子宮移植のドナーのパターンは以上です。ただ、いずれにしても他人の子宮を移植するわけですから、移植された患者さんには激しい免疫拒絶反応が起こります・・・。
こうしたリスクを最小限にし、ベネフィットを最大化するための努力が今、最先端医学の現場でなされています。

子宮移植は、他の臓器移植と同様に「他家移植」ですから、いかに免疫拒絶反応を抑制できるかが重要です。複数の免疫抑制剤を上手に使いこなすことで免疫拒絶反応は、どうにかコントロール可能です。このように、試行錯誤の結果、子宮移植後に凍結卵子とパートナーの精子を用いて体外受精し、受精卵を創り、彼女の子宮に戻します。そうすれば妊娠・出産することが、わずかながら可能な時代になってきました。

しかし、今回の麻美ゆまさんのようなケースだと、ただでさえ癌治療で免疫力が低下しているのに強力な免疫抑制剤を投与することで「癌が喜ぶ」(=癌の再発・転移)可能性を考える必要があります、また、移植手術自体、患者さんの身体に過剰な負担をかけます。
こうした理由から慎重にならざるを得ません。更に医療費も、かなり高額になってしまうので積極的にはお勧めできない難点があります。

それになりより、麻美ゆまさんが卵巣や卵子凍結していなければならないですし・・・。
さてさて、これらの多くの課題をブレイクするには、どうしたらいいでしょうか?
これ以上の可能性があるとすればiPS細胞の活用か・・・。

産婦人科領域での「ヒトiPS細胞」の活用という「神をも恐れぬ可能性」について書いておきます。
ちなみに、我々の臨床研究チームがやった「ヒトiPS細胞由来心筋細胞移植+冠動脈バイパス手術の併用療法」・・・日本のマスコミの皆さん、こういうように「正しく」書いてね(笑)・・・に比べれば倫理上のハードルは、とてつもなく高いです。

まず、今回の仮想症例である麻美ゆまさんの皮膚の繊維芽細胞からiPS細胞を創ります。
そして、そのiPS細胞から卵子を創り、パートナーの精子を用いて体外受精し、受精卵を創ります(注;この方法で受精卵を創ることは禁じられています)。
ただし彼女の現状を考えて「子宮・卵巣移植は止めて」、他の女性の子宮に彼らの受精卵を移植します。そうすれば妊娠・出産することが「理論上可能」です。

マウス実験では、すでにiPS細胞から精子・卵子の樹立されています。
マウスと人間では大きな溝があり、医療倫理上でも大きな問題があるとはいえ、近い将来に「どこかの国」で、上記の臨床研究が極秘裏に成される可能性があります。

今の最先端医学で考えられる「可能性」をいくつか紹介しました。参考になれば幸いです。



元 東京大学特任教授 森口尚史





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