●更新日 05/22●


ある強姦事件 〜被害者手記〜


強姦事件の被害者であるAさん。加害者である細川忍と立ち向かって行く決心をしたことを書いたのが前回ですが、今回は事件についてAさんに語って貰うことが出来ました。

Aさんによる手記になります。この事件に興味のある方は一読してみてください。

はじめまして。このたび、探偵ファイルに場を設けていただき、こうして自分の発言を形にする機会ができました。
私は事件後6年間、ほとんど人には自分のことを話さずに生きてきました。
そのため、どのように、どのことを、どれだけ書くことができるのか、そもそも6年分の出来事は私には大きすぎるために、整頓ができていません。事件後、殆ど家から出ることも無くなり、仕事もせず、ただただ家に居るだけの生活を送っている私は世間的には死んでいるも同然でした。
話す場所も、話したい場所も、話すべきであった場所もなくしていました。
どうなるのか不安も多々ありますが、この場をお借りして自分自身のことを少しずつ書いてみようと思います。

この手記を書いた理由ですが第一は自分自身の気持ちの整理のためです。
私は事件のことを長い間周囲の人間に話さずにいました。
今までは人に話せる段階に気持ちがいかなかったのです。
今もまだ分かりませんが、伝えたい気持ちと、伝えられる手段がようやく整って、あとは私がしっかりしなくては、という思いです。
同時に浮かぶのは、同じ被害にあった人に伝えたい、ということです。
それに、これを読んでいるまだ被害にあってない人たちに、こういう結末になることもありえるということを伝えたい、ということです。

私が被害にあったときの有り様が、まさに被害にあっていない人間の考えそのものでした。私は6年前、某4年制女子大学の3年生でした。私は、すごく幸せでした。
毎日がとても楽しくて楽しくて、友達がいて、先生がいて、学校は楽園に思えました。

事件の日、私は友達にお誕生日会を開いてもらってに自宅に帰る途中でした。
その日の私はジーンズにジャケットを着用しており、男性の目を惹くような格好ではありませんでした。
その帰宅の途中、至極普通の住宅地で突然知らない男に「俺を見ただろう」と声をかけられました。
「見てないよ」と普通を装って返事したのですが、声をかけられただけで、それだけで人は動けなくなるもので、私は全く動けませんでした。
緊張して、これから自分が殺されるかもしれない思いつつ、危機を逃れるために交渉しなくてはいけない、私が死なないように、殺されないようにしなくてはいけないと思いました。
なんでもない振りをしながら携帯電話で知り合いの先輩に電話をかけました。
3回目の時に携帯を取り上げられて、それだけで私はもう、これは自分は危機にいる、ということがわかりました。
そして犯人に「顔を林檎みたいに剥いてやる」「タバコの火を押し付けて顔をぐちゃぐちゃにするぞ」と言われました。
ナイフを見たわけでもないのにそんな風に言われると、本当に起こると思えました。

その後高砂児童館前の民家の庭で事件にあいました。今書いてるだけで涙が出てしまいます。
どうしてこんなに苦しくて辛いのかがわからないです。

こうやって被害の詳細を書き、犯人の実像をあげることによって、私個人のことまで調べられてしまうことは、しょうがないと思っています。
ですが、できればそれよりも、強姦という事件の被害者がどんな風になる可能性があるかということについて考えていただく切っ掛けになってくれることを強く願います。




上記映像が事件現場になります。現地に行ってみましたが、四方が住宅地の何でもない生活道路・・・「まさか、こんな所で!?」という感想を抱くような場所でした。

この後、Aさんは深刻なPTSDを発症し、体重が30s台まで減少。友人ですら見分けの付かない容貌になって行くのですが、それは次回に。




山木



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