●更新日 10/06●

滝川市のいじめ自殺に物申す


マスコミに責められて滝川市長や教育長などが遺族に謝罪した。だが、河江校長は記者会見で「自殺はいじめだけが原因ではない。」と言い切った。
私はこの事実に関心を持った。
今回の事件で、マスコミからは一斉に『責任逃れだ』『加害者16人の生徒を優先させている』と反発を受けた。この自殺事件が起きてから、私は極秘裏に北海道の支社に調査させていた。今回の事件は、暴力ではなく、しかと(無視)や言葉のいじめだった。このクラスの保護者会で、自殺した女児に対して『へんな子だった。』という意見が集中していたという事実を掴んでいた。誰しも自分の子供が可愛いのだ。
この女児の家族は教育委員会や学校側に責任の追及をしている。マスコミも激しく国の批判を展開している。
だが、ちょっと待て、と言いたい。自殺の兆候を一番察知できるのは両親ではなかったのか。もちろん、学校側の責任も重大だ。しかし、私は自殺に関して両親の責任はゼロではないとあえて言う。自分の子供は両親が最終的に守るべきではないのか。血のつながった者が守れないで、他人に守れるわけが無いではないか。
テレビで、市長や教育長らが保身のために遺族に土下座する光景を子供たちが見ている。実に情けない光景を、子供たちが見ている。そこには、威厳も何も無い。こんな大人の言うことを子供たちが聞くはずがない。(安倍総理は教育問題に熱心だと聞く。しからば、第三者機関を立ち上げて教育委員会や学校を監視したらどうだろうか。)
私の組織では年間に約150件ものいじめ調査を受件している。もちろんクライアントは教育委員会でも校長でもなく、両親からだ。みな、自分の子供が『自分の子供は周囲と馴染めない性格・資質』と認識している。だから、自分達で必死で守ろうとしている。逆に『うちの子が人様の子をいじめているのではないか』なんて依頼は一件も無い。
いじめ側に回る子供の共通点はひとつしかない。いじめられる側に回りたくないだけだ。これを止める術は人類の歴史上、ゼロにすることは不可能だ。
学校の責任30%、親の責任70%。守ってやって欲しい。せめて、自分の子供くらいは。



渡邉文男


探偵ファイルのトップへ戻る