●更新日 12/12●

無人島にて (1)  BOSS



航空会社は軒並みグアムのフライトを中止。私は第一と第二ターミナルを何度も往復し、貨物でもいいから乗せてくれ、と交渉を続けた。 成田に居座ること丸二日間。疲れも極限に達した。このエネルギーをどうして仕事に使わないのか、と自責の念がこみあげ、涙が頬を伝った。← 少しだけオーバーな表現

深夜、信じられない奇跡が起こる。コンチネンタルCO7便、GUAM、と表示されたのだ。さすがはコンチ、空港のレーダー無しで飛ぶ気である。私は「市価の二倍払うから、俺を乗せてくれ」と懇願した。「そんなこと言われても・・・この便はグアムの食糧危機を救うために飛ぶのですから」しかし私はあきらめなかった。「私の友人が死にそうなんだ、どうしてもだめなのか?」と食い下がった。その喧騒を見て奥から出てきた性根の悪そうなおばさんチーフがニヤリと笑い、指で○を作った。さすがは海千山千。会社の利益のためなら少々のヤマを踏むのもいとわないのだから。

やっとグアムに着いた私は、思った以上の被害の大きさに息を呑んだ。空港内はすべて水浸し。天井もあちこちが吹き飛んでいる。

 


上の写真は、いつもなら乗客でごったがえすグアム空港の正面玄関である。まるで爆撃を受けたような惨状だ。みなさんの中で「またBOSSは大ぼら吹いて、プッ」と、この話を疑っていた人も多かったはずだが、これで私が天下一の正直者だということが分かっただろう。

自家発電で空港だけは明るさを保っていたが、一歩外に出ると漆黒の闇だ。むろん、公衆電話は全部不通。持参したCDMA電話で友人に電話をするが、つながらない。タクシーもいない。空港の警官に尋ねてみた。
「昨日、アプラ湾での石油施設が爆発して6人が行方不明だ。ガソリンスタンドもほとんど嵐でやられたし、ガソリンが無いから車は走っとらんよ」
仕方なくベンチで一夜を過ごし、明るくなるのを待って友人の雑貨屋に向かった。
やしの木は一本残らずそれこそ根こそぎ。電柱もほとんどなぎ倒され、道路はあちこちで寸断。警察の手が回らないので、ネービーが出動し、交通整理をしている。

 


 

道路上に家だ。亀のように裏返し。こんな光景がいたるところに展開する。近くにいたおじさんに聞いてみた。
「わしゃグアムに来て30年になるが、こんな台風は初めてじゃ!! おそろしや・・・」
私は、友人の家に行くのをためらった。なぜなら、せっかくバカンスで来たのに

 

災害救助隊に入れられたらどうしよう

 

という一抹の不安がよぎったからだ。みなさん、まだ私が大げさだと思ってる? だってこれだもの。

 

 

車の裏返しは1区画ごとに1台あるし、それより奥の建物を注目。中が全部やられてる。まさに爆風・・・。
こんな状況下で友人の家と店舗が無事のはずがない。あんな汚なくて古い建物の雑貨屋など、絶対、壊滅しているに違いない。そんな状況下で友人と会ったらただじゃ済まない。(復旧の手伝いとか見舞金とか)

私は、きびすを返して街にあるホテルに向かった。水も電気も食べ物もありませんよ、とフロントに言われたが、それでもいいから泊めてくれ、と半ば強引に部屋の鍵を受け取り、ひさしぶりにベッドに横たわった。ふ〜天国だ。

 

 

 

 

さらば友よ